悪夢とのどの渇きで目が覚めた。隣ではロンがいびきをかいていた。暗い中でサイドラックに手を伸ばす。馴染みのある杖の触感がした。それをよけて何度か手探りを繰り返すと、目当ての眼鏡に辿り着く。立ち上がりながら眼鏡を掛けると、部屋の様子を月明かりの下で見ることがでえきた。ここに来てそれほど経っていないのにあっという間に部屋は荷物で散らかっていた。

廊下に出て、階段から下の様子を伺う。物音も人影も部屋から漏れる明かりもない。騎士団のメンバーはみんなそれぞれに役割があるみたいで、昼も夜も関係なしに出入りしていた。会議が真夜中まで行われていることもあったけれど、今日は違らしい。

二階に降りた。客間の扉が開けっ放しだった。中に入ると、薄暗い中でブラック家の家系図が見えた。ここに来た次の日、シリウスが詳しく話してくれたタペストリーを眺める。シリウスが自分の両親について語ったことを思い出した。「この家の全員を憎んでいたからだ。両親は狂信的な純血主義で、ブラック家が事実上王族だと信じていた」そう言ったシリウスは苦々しげに顔を歪めたけれど、それは自分の家系に対する憎悪だけではなく自分に対する嘲笑も混ざっているように思えた。

弟の話をした後シリウスは続けた。「母はさぞ失望しただろう。レギュラスはブラック家の跡取りとして申し分なかった。スリザリン出身で『死喰い人』だったからね。しかしあいつが死んで事実上ブラック家は途絶えてしまった。とは言え、母上もタペストリーから私の存在は消せても、私の中に流れるブラック家のこの世で最も純粋な血までは無い物にはできなかった。母は私のような人間がブラック家の血を汚してしまうのではないかと、心臓が止まるその瞬間まで危惧しながら死んだ」シリウスは乾いた笑いを零した。お昼だというウィーズリーおばさんの声を聞いても、タペストリーを覗き続けた。

客間を出てさらに階段を下りると、階段に腰掛けるくたびれた部屋着を着た背中が暗がりの中で見えた。

「リーマス?」
「ハリー、こんな夜中にどうしたんだい」
「眠れなくて。…リーマスは何しているの?」
「セブルスを待っているんだ」
「スネイプを?」
「スネイプ先生だ、ハリー」
「あ、ごめんなさい。それでどうしてスネイプ先生をこんな夜中に待ってるの?」
「ああ。セブルスは立場上忙しいからね、この時間になってしまうんだ。それでもダンブルドアの願いだったから、引き受けてくれた。到着を知らせる梟がついさっき送られてきたから、そろそろ着いてもいい頃なんだが」

リーマスの隣に座って考える。どうして騎士団のみんなはスネイプを信じてるんだろう。薄暗い空間でも僕の表情が見えているようで、リーマスは言った。

「いいかいハリー。ダンブルドアがセブルスを信頼しているんだ」
「…どうして、信頼してるの?スネイプ、先生が忙しいならダンブルアだって頼まなければいい。それにリーマスやシリウスや他にも騎士団のメンバーだっているのに」
「ダンブルドアには考えがあるんだよ。それにシリウスは今ここから出られないし、今回の任務は私に向いていないからね」

その時、扉が開く音がした。階段からは玄関の入り口までは見えない。足音がしたと思うと扉が閉まった。ガスランプが灯り階段の下が明るくなった。

「セブルス、いい加減説明してちょうだい」

一番先に聞こえたのは、僕の知らない女の人の声だった。スネイプの事をファーストネームで呼んでいるので、きっとまだ会ったことのない騎士団のメンバーなんだと思った。女の人の声は、落ち着いていたけれど何となく棘があるような気がした。

「生憎、説明することは吾輩の任務に含まれていないのでね」スネイプの低く吐き捨てるように言った。

「目的の場所に着いたら説明するって、あなた言ったじゃない。それとも、まだここは目的地ではないとでも言うの?」
「いかにもここが我々の目的地だが、吾輩が説明すると言った覚えはない」

二人の会話を聞いていたリーマスはここで静かに待つよう、口に添えた人差し指と床と平行に掲げた手の平の動作で伝えてきた。立ち上がって玄関に向かったリーマスの後ろ姿を見ながら、さらに耳を澄ます。

「私が説明するよ。セブルス、ここまで任務を果たしてくれてありがとう」
「貴様に礼を言われる筋合いはない」
「それでも感謝するよ」

リーマスの言葉にスネイプが低い声で返すと、足音が響いて玄関の向こう側に消えた。足音は一人分しかしなかったのに、玄関が閉まった後静寂が戻った。あまりにも静かで誰もいなくなったのかと思って、腰掛けていた階段から数段下りた。二人分の足元が見えた。二人の脚はスネイプがいつも着ている黒ではなかった。いま出て行ったのがスネイプだったと分かった。


あなたが生まれた世界の話


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