「どうしてあいつを信じられる?」
「だって、私は彼を知っているもの。あなただって知っているはずよ、彼は何よりも仲間を大切にする人間だって」
「でもあいつが『秘密の守人』だった。ダンブルドア自らの申し出にも関わらず、ジェームズはあいつを選んだ。その結果、ジェームズとリリーは『例のあの人』に殺されたし、ピーターにいたってはあいつに殺された。あいつが裏切り者だったんだよ」
「…リーマス、あなたこそ裏切り者よ」
「なんだって?」
「あなたはシリウスを信じるよりも、周りの魔法使いの言うことを信じてる。シリウスは一度もあなたの事を見捨てることも見限ることもしなかったのに、あなたはシリウスに見切りをつけたのよ」

彼女は微かに笑いながらため息を吐いた。諦めたように首を振る。話は平行線だった。その時店員が僕に注文を聞きに来た。しかし僕よりも先に彼女が答えた。

「彼、もう帰るところだから大丈夫よ」
「あら、そうなの」
「ええ、そうなのよ」

彼女は親しげに店員のその女性と話をした。彼女は彼女を見、僕を見、それからもう一度彼女を見てから引き返した。

「僕はまだ話したいことがあるんだけどな」
「私にはないわ、リーマス」
「どうか聞いて」

彼女は先ほどから変わらない視線を僕に投げていた。僕が来てから初めて紅茶に手を付けた。その動作にも彼女の行儀の良さが現れていた。

「あいつはアズカバンに行ったんだ。いつまでも僕達から隠れても、その事実は変わらない。だから、これからのことを考えていかなきゃ。君や僕はこの世界でこれからも生きるんだから」
「私はね、リーマス。シリウスがいたからこの世界で生きてきたの。リリーやジェームズやピーターやそれからあなたでもなく、彼がいたから、私はこの世界を選んだの。彼がいなかったら、私は騎士団に入ることもなかった。闇の陣営と戦こともなかった。全部彼がいたからなの。だから私にとって、もうこの世界は何の意味もない。『あの人』が消えたとしても、リリー達の子どもが生き残ったとしても、どうでもいいのよ。彼のいない世界なんて私には価値がないわ」

彼女はひどく淡々語った。僕は何も返さなかった。ただひらすらにあいつを信じることのできる彼女を理解できなかった。

「…君は一度でもあいつを疑ったことはないのかい?」
「ないわ、ただの一度も」

彼女の瞳は決然としていた。

「話はそれだけ?だったら帰ってちょうだい」

黙ったまま、僕は席から立ち上がらなかった。彼女と長い間見つめ合った。先に声を出したのは彼女だった。

「だったら、私がいなくなるわ。あなたの顔を見ていられないの」
「ここを出て、どこに行くんだい?」
「あなたのいない所、あなた達のいない世界。もう探さないで」
「それって―――」
「次あなたの顔を見たら、私、きっとあなたを殺してしまう」
「…モニカ」
「さようなら」

最後に彼女はとびきりの笑顔を僕に見せ店を出た。彼女の瞳に宿っていたのは、僕に対する失望と怒気と殺意だったと知った。彼女の最後の言葉が頭のなかでゆっくりと広がって、僕は弾かれたように席から立ち上がった。店を飛び出して彼女の背中を探した。彼女はちょうど人気のない道を曲がるところだった。たった半ブロックがとても長いように感じた。僕が角を曲がったのと同時にバシッという音が先のほうから聞こえた。目の前に続く路地には誰もいなかった。彼女は『姿くらまし』をした。それから僕は彼女の行方を知らなかった。文字通り、彼女は姿をくらました。


何も信じられない僕を笑って


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