意識がダンブルドアとレストレンジに傾いたほんの短い間に、ハリーは私の腕を振り払い石段を駆け上がった。私はちらりとダンブルドアに視線を送る。私がハリーを追いかけるべきか判断がつかなかった。誰かが追いかけるべきなのは分かっている。しかし、ムーディもキングズリーもトンクスも死喰人の呪文を受け倒れている。私達は圧倒的に数が足りない。ダンブルドアが拘束した死喰人を見はらなければいけないし、仲間の手当てもしなければいけない。それに、ハリー自身とハリーと一緒にホグワーツを抜け出した生徒達の安全を確認しなければならない。

「ハリー!」

そう叫んだのは彼女だった。ダンブルドアと視線があったその瞬間には、彼女はハリーの後を追って走り始めていた。ダンブルドアは私に一度頷くと、彼女の背中に見つめながら杖先を拘束した死喰人達に向け直した。私も杖を握り直し、彼女の姿を目で追いながらキングズリーの方へ近寄った。彼女はあっという間に石段を登り切ると、レストレンジを追うハリーを後について扉の向こうへ消した。

ダンブルドアが拘束した死喰人達に『姿くらまし防止呪文』を掛けるのを聞きながら、キングズリーの意識を取り戻す為の呪文を唱えた。ぼんやりと目を覚ましたキングズリーを石段に寄りかって休めるように運んだ。

「リーマス」ダンブルドアが死喰人達の杖の束を手にしながら言った。「わしはこれから、ハリーとモニカを探しに行く。恐らく、ハリーの仲間もその道の途中におるはずじゃ。悲しいが、彼らが無傷でいるとは考えにくい。ホグワーツに送ってマダム・ポンフリーの治療が必要になるじゃろう」
「わしらはどうする?」トンクスのそばで何とか身体を起こしているムーディが聞いた。
「アラスター、君やキングズリーに今多くの事を頼むのは酷じゃろう。君達―――特にニンファドーラ―――には治療が必要じゃ。ホグワーツでマダムの手当てを受けるのじゃ」

そう言うとダンブルドアは、戦いの間に呪文が当たって砕けた石段の瓦礫に「ポータス」と唱え移動キーを作った。キングズリーを助け起こし、ムーディとトンクスのすぐそばの壁に寄りかからせた。ダンブルドアから移動キーを受け取って、三人のもとに運ぶ。

「リーマス、お主にはわしがハリー達を探しに行く間、こやつらの監視を頼んでも良いかな?」
「もちろんです」

私は意識のないトンクスの手が移動キーに触れるように位置を調整して、トンクスの手を導いた。意識のないトンクスは私の手を握り返すこともなく、はらりと瓦礫の上に手のひらは落ちた。キングズリーに肩を貸し、移動キーのそばに立たせる。彼とムーディの手も移動キーを掴んだ。ダンブルドアがカウントすると、三人の姿は瓦礫に吸い込まれ、私の肩からキングズリーの腕の重みもなくなり、三人はホグワーツへと飛んでいった。

「さて、わしも行こう」ダンブルドアはさっとマントを翻した。「ここを頼む」

そう言うが早いか、ダンブルドアはきびきびとした早い足取りで扉の向こう側へと消えていった。

私は、拘束された死喰人達達に注意を払いながら石段に腰かけた。もちろん、杖を構えたまま注意も払っている。しかし今の彼らは拘束され、杖も奪われ、『姿くらまし』をする事も出来ない状態だ。私は今日魔法省に足を踏み入れてから初めて、僅かに安堵していた。まだ心と身体の大部分が緊張しているのは、目の前の死喰人に対してではなく、むしろハリーやハリーの仲間や、モニカがどうなったか分からない事に対してだった。

彼女は、あの瞬間何を思っただろうか。彼女は叫ばなかった。泣かなかった。ただ立っていた。昔から変わらない、あの彼女らしい独特の悠然ささえ感じた。それがかえって、恐ろしかった。

「―――これは、一体」

その声で、はっと頭を上げた。入口に魔法省の役人だと思われる男が二人立っていた。私は二人が石段を降りれるように立ち上がって道を作った。彼らは私を見て、それから死喰人と部屋の惨状を見た。

「ダンブルドアが言っていた通りだ、君は彼の側の人間だな?」片割れが言った。
「ああ。それでダンブルドアは?ハリー・ポッターや彼の仲間は?」
「ポッターは無事だ。アトリウムでダンブルドアと一緒だ。『名前を言ってはいけない例のあの人』が、―――復活した『あの人』は女と逃げた。ポッターの仲間はここにはいない。ダンブルドアがホグワーツに送り返した」
「モニカ・ポートマンは?―――ハリーを追っていた―――女性もいるはずだが?」私の質問に今まで黙っていた方の魔法使いが気まずそうに口を開いた。
「そのミス・ポートマンとかいう人物だが、我々はきちんと確認したわけじゃない―――というのも、彼女は、あー…、―――アトリウムで気を失っていてね。おそらく、ああ…拷問か、何か呪文を掛けられたようで」
「ここをあなた方に任せてもいいだろうか」


それは質問ではなかった。私は、彼らの返事を待たずに石段を駆け上った。


錆び付いた夜に


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