身体が浮上する感覚がしたと思うと、僕は校長室に戻った。『憂いの篩』の横に立っていた。僕は今見た事を考えた。モニカの記憶について。彼女が拷問を受けた時の記憶。スネイプも加担していた。ベラトリックスはスネイプに言った、「お前が連れてきたんだ」と。スネイプがモニカをベラトリックスに拷問させる為に連れてきたという事だ。スネイプはモニカの腕に言葉を刻んだ。それなのに、次の場面でモニカはスネイプをファーストネームで呼んだ。ダンブルドアはスネイプが加担していた事を知っているようだった。それからモニカはスネイプに「あなたはすべき事をした」と言った。いつだったかモニカがそう話すのを僕は聞いたことがある。でもシリウスが知っていたら、スネイプは生きていなかった。シリウス、心臓がどきりとした。

夏休みの騎士団の本部での記憶。モニカはスネイプに何かを頼み込んでいた。一体なんなのだろう。どうしてスネイプなんだ。シリウスでもリーマスでもダンブルドアでもなく、スネイプしかモニカは考えていないようだった。モニカはスネイプに『秘密の守人』になってもらうほどの何かを考えているみたいだ。校長室でのシーンでは、モニカははっきりとダンブルドアの協力も『秘密の守人』の申し出を断っていた。モニカはダンブルドアを信用していないように見えた。ダンブルドアはミスを犯すと言った。それに、誤解をしているとも。モニカは僕を守るつもりなんてなかった。モニカはシリウスを守る為に僕を守っているにすぎない。モニカはスネイプにお願いしていた、きちんと僕に『閉心術』を教えるように。

モニカとシリウスとスネイプ。モニカの記憶はどれもスネイプと一緒のものだった。どうして?モニカが分からない。でも、モニカが最後に言った事は正しかった。僕は『閉心術』を習得しなかった。スネイプは僕に教えようとしなかった。僕はまんまと神秘部におびき寄せられた。その結果、どうなった?心臓がどくりどくりと鳴る度、大きな音を立てて罪悪感が膨れ上がった。

その時、暖炉で明るい緑色の炎が上がって、ダンブルドアが流れるような動作で姿を現した。僕の方を見ないで、ポケットから生まれたてのフォークスを取り出すと、止まり木のある盆の灰にそっと寝かせた。それから僕を見て、『憂いの篩』を見た。

「その『憂い』は、持ち主に返すべきじゃろう」

ダンブルドアは『憂いの篩』の脇に立つと杖で『憂い』を救い上げて、どこからか取り出したガラスの容器に入れた。

「好奇心は罪ではない。君には一度話しておるな?しかし、持ち主は記憶が覗かれる事を快く思わぬじゃろう。ハリー、君がこの記憶で何を見たかわしは知らぬ。それ故にわしは、この『憂い』について話す事はできぬ」ダンブルドアは、『憂いの篩』を棚に仕舞うと、僕を覗き込みながら続けた。「わしらには、他に話さねばならぬ事がある」

その言葉に僕は、どきりとした。

「さて、ハリー」そう言って、ダンブルドアは今夜起きた事について話を始めた。

ロンやハーマイオニー達は皆、大事には至らない事。騎士団のメンバーも無事で、トンクスが入院するけれどいずれは回復する事。モニカの事をきちんと聞きたかった。最後に見た時、気を失ってアトリウムの床に横たわっていた。でも言葉が出なかった。しかしダンブルドアが僕の気持ちが分かると言った瞬間に、言葉が戻ってきた。ダンブルドアが言葉を言う度に、僕の中で炎が燃え上がった。僕は、大声を上げて言葉を吐き、ダンブルドアの道具を投げては壊した。それでも、炎の勢いは止まらない。扉に向かって走った。ダンブルドアの前からいなくなりたかった。けれど、扉は開かない。出ようとする僕の意思をダンブルドアは無視した。僕はダンブルドアの話なんてどうでも良かった。ダンブルドアの言う事なんて聞きたくない。

「―――わしのせいじゃ」そう言って、ダンブルドアは話を再開した。

話が終わった後、僕は何を言っていいか分からなかった。ダンブルドアもそれ以上は話さなかった。僕達は随分と長い時間、黙ったままでいた。どこからか、生徒の声が聞こえてきた。朝食に向かっているのかもしれない。夜が終わって、朝がやって来たらしい。僕は今もこうして世界が動き時計は進み、腹を空かせ笑い声を上げる人間がいる事が信じられなかった。

試験が終わった日曜日。僕はロンとハーマイオニーのいる医務室から出て玄関ホールへの階段を下りた時マルフォイ達と鉢合わせた。マルフォイが杖を掴む前に僕は杖を抜いた。その時、スネイプが現れた。それと同時に僕の中でスネイプに対する怒りも湧き上がった。この怒りがどう爆発するか僕には分からなかった。けれどマクゴナガル先生の登場で、僕は怒りをスネイプやマルフォイをぶつける前に外に出る事が出来た。

僕に声を掛けてくる生徒を無視しながら、芝生を歩いた。少しずつスネイプに対する怒りが収まっていった。その時、ふと考えが浮かんだ。魔法省から戻った夜、ダンブルドアの校長室で見た記憶は、スネイプのものなのではないだろうか?ダンブルドアが逃亡した後の『閉心術』の授業でもスネイプは『憂いの篩』を使っていた。ダンブルドアの逃亡中、スネイプが所持していたとしてもおかしくない。それに、どの『憂い』にもスネイプがいた。そうだとして、どうしてあの記憶をスネイプは『憂いの篩』に落としていたのだろう―――?その時ハグリッドの小屋に到着し、僕の考えは中断された。

ついにホグワーツでの一年が終わった。列車から降りて、九番線と十番線の間の壁を抜けると思いがけない出迎えがあった。マッド‐アイ、リーマス、聖マンゴから退院したらしいトンクス、それにウィーズリー夫妻とフレッドとジョージもいた。僕は無意識のうちに当たりを見渡して、モニカの姿を探した。結局、ダンブルドアからもモニカのその後を聞いていないし、『日刊預言者新聞』にもモニカの名前は出ていなかった。モニカはどこにもいなかった。もしかしたら、僕が分からないくらい上手く変装しているのかもしれないし、キングス・クロス駅のどこかで見張りをしているのかもしれない。

心のどこかでは、この考えが甘いと分かっていた。だって、モニカは彼女の―――もしかしたらスネイプの―――記憶の中で、シリウスに何かあれば僕を許さない、と言っていた。それを思い出して、気持ちが沈んだ。だけど、マッド‐アイ達がダーズリー親子に話をして、僕に暖かい言葉を掛けてくれた事でモニカの事を頭の隅に追いやる事が出来た。

僕は、さよならの言葉の代わりに、みんなに頷いた。みんながいてくれる事がどれほど心強いか、どれだけ意味があるか伝える方法が思い浮かばなかった。僕はただ、笑顔で手を振り出口に向かって足を進めた。


生きるという終着


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