僕が辿り着いたのは、グリモールド・プレイス十二番地にあるシリウスの屋敷だった。僕はモニカとスネイプが厨房の扉のそばで向かい合って立っている間にいた。今回の二人は僕の知っている姿だった。開いた扉から出てくる騎士団のメンバーから離れるように端に寄った。もしや、と思った。これは夏休みに騎士団の本部にいた時の場面とよく似ている。僕は上を見た。三階の階段の手すりからロンの赤毛がちらりと見える。やっぱり。これは、この後の食事の席でエイブリーに見つかった事でシリウスとモニカが口論した日の記憶だ。

「だから、お願い」
「断る」スネイプはモニカの言葉を考える事もなくそう返した。
「セブルス」モニカはスネイプの目を見て静かに言った。「あなたにしか頼めない、お願いだから」
「ブラックやルーピンに頼めば良いだろう。いっその事ダンブルドアに―――」
「シリウスにはまだ黙っておきたいの、反対するに決まっているから。リーマスも駄目。それにダンブルドアは論外だわ」モニカはスネイプが言い終わるのを待たずに言った。
「吾輩は、ダンブルドアは」スネイプは言い淀んだ。
「セブルス、あなたしかいないの」
「貴様の頼みを聞く義理はない」
「あるじゃない。忘れたの?」モニカはそっと自分の左腕を撫でた。それに少なからずスネイプは眉を顰めた。
「貴様―――」
「掘り返すような事をしてごめんなさい、セブルス。あなたはあの時、あなたのすべき事をしただけ。今回は私も私のすべき事をしたいの。それにはあなたの協力が必要なのよ」

スネイプはすぐには答えなかった。不快感を露わにした顔でモニカを睨んだ。それでやっとの事で口を開いた。

「吾輩に何をしろと?」
「今はまだ、何も」モニカは一呼吸置いて続けた。「でもいつか、もしかしたら『秘密の守人』になってもらうかもしれない」

その言葉にスネイプの表情は一層険しくなった。何か言おうとしたスネイプは、扉から出てきたシリウスの登場で口を閉じた。シリウス。この場面は夏休みに階段から覗いて知っていた。シリウスが登場するのも分かっていたのに、目の前の手を伸ばせば触れそうな距離にいるシリウスを見てお腹がきゅっとなった。

「スネイプ、私はエイブリーとお前が無関係だとは思っていないからな。次にこんな事があったら、他のメンバーが何と言おうと」シリウスはスネイプを脅す様に低い声で人差し指を構えて言った。「私はお前を許さない」
「吾輩のする事で貴様の許しなどは不要だ」スネイプはほとんど唇を動かさずに続けた。「それで貴様は戦っている気になっているのか?守っているつもりか?実際には守られているだけ言うのに、全く話にならん」

スネイプに怒りが湧いた。けれどシリウスは何も返さなかった。時間をかけてスネイプを睨むとシリウスは厨房に戻って行った。僕はシリウスを追いかけたかった。これはモニカの記憶のはず。だったらモニカもこの後厨房に戻って、これから来る僕達と一緒に夕食を食べるはずだ。僕はモニカとスネイプを残して厨房へ向かおうとした。その時、またしてもぐるぐると闇に落ちていった。

そこは、ダンブルドアの校長室だった。モニカとダンブルドアとスネイプがいる。モニカは見覚えのあるマフラーを手に持っていた。僕がクリスマスの日にレストレンジの事を聞いた日に首に巻いていたのと同じだった。この想いが時系列順なら、きっとこれはつい最近のものに違いなかった。

「最近の君の行動についてじゃが、わしに話す気はないかの」
「ありません」
「もし打ち明けてくれたら、わしが手を貸すとは思わんかね?」
「あなたの手は借りるつもりはありません」
「もしも『秘密の守人』が必要なら、その時は名乗り出るつもりじゃが?」
「そちらも不要です」

ダンブルドアに視線を向けるモニカの対応は事務的で冷淡だった。ダンブルドアはモニカの考えを推し量るように見つめ返した。二人の間には沈黙が流れた。しばらくして、モニカが小さく息を吐いて、切り出した。

「あなたは、とても聡明で―――あまりにも尊大です」
「到底、否定はできぬのう」
「そうでしょうね。あなたはいつだって、小さなけれど決定的なミスを犯す」
「もしも、お主が十四年前の件を話しておるなら、誠にその通りじゃ」

モニカはダンブルドアを見つめた。それから、呆れたように首を振った。

「それだけじゃない。今だって」
「ハリーの件なら、もう決めた事じゃ」
「そういう所です、ダンブルドア」モニカは首を振った。「あなたはいつも、最後にはすべて自分の中で終わらせてしまう」
「わしとハリーが今まで通りでいる事は、ヴォルデモートにとってまたとないチャンスを与える事になる。お主も承知の上だと、わしは理解していたのじゃが」
「分かっています」
「では、わしらの間には不和は存在しておらんな?わしらがしなければいけない事は、ハリーを守る事じゃろう?」
「けれど、セブルスが『閉心術』を教えるなんて、良い考えとは言えない」
「たとえお主がそう思えなくても、スネイプ先生は良い指導教官じゃよ」

モニカは眉を吊り上げた。

「セブルス、あなた言い切れる?ジェームズ・ポッターの息子に最後まできちんと『閉心術』を教えられるって」
「吾輩はそうするつもりだ」今まで黙っていたスネイプは突然振られた質問に、一瞬間を置いてから答えた。

その言葉にモニカは目を細めただけだった。ダンブルドアが穏やかな声で言った。

「これでお主の心も少しは安らぐじゃろう。ハリーは安全じゃ。ヴォルデモートはそうそうハリーには手を出せん」
「ダンブルドア、あなたは何も分かってない」モニカは穏やかだけど、棘のある口調で言った。
「ほう?」
「私が守りたいのはハリーじゃない」

ダンブルドアの瞳が一瞬鋭い光を放った気がした。モニカの言葉は、まるで鈍器のように僕の頭を殴った。

「私がハリーを守るのは」モニカはゆっくりと言葉を発した。「シリウスを守る為です。ハリーの為に何だってするような彼の為です。もしも、十四年前のような事がまた起きたり―――彼が死ぬような事があれば、私はあなたやハリーを許しません」

ダンブルドアは何も返さなかった。じっとモニカを見つめていた。ダンブルドアが何を考えているのか分からない。僕もモニカの言った事をどう解釈すれば良いか分からなかった。モニカはダンブルドアからスネイプに視線を移した。

「だからセブルス、どうか最後まで『閉心術』の授業を続けてね」


愛でつくられた世界


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