ダンブルドアの校長室に着いた時、一番に感じたのは罪悪感だった。何もかも、僕のせいだ。自分のせいだと理解するほどに、その事を考えたくなかった。ダンブルドアがここに来るまでどの位だと言っていたっけ?三十分。そんな時間、ここに一人でいたら罪悪感で息が詰まる気がした。何も考えたくなかった。一人でいたら気が変になる。僕は部屋の扉に向かった。ドアノブを掴むが、扉は開いてくれない。僕は内側に膨らむ感情を鎮めるように、目を閉じた。そうすると、モニカの悲鳴が蘇った。

どっと気持ちが押し寄せて、僕は扉に背中を預けた。ゆっくりと目を開けると、黒い戸棚の中で、白銀色の灯りを放つ「憂いの篩」が視界に入った。その輝きに僕は吸い付けられるように近づいた。何でもいい。僕の頭を占める思いとは全く別の事を考えたかった。僕は戸棚の扉を開けて、「憂いの篩」を覗き込んだ。ゆらりと表面が揺れている。僕は頭を想いの中に突っ込んだ。

そこは、薄暗い牢屋のような部屋だった。窓から射す月明かりだけが部屋を照らしていた。部屋の中央には、モニカがいた。これはモニカの記憶なんだろう。床に倒れている。つきさっきまでの光景が蘇った。僕は思わず駆け寄った。想いの中で、僕は何もできないのは分かっているけれど、僕は倒れているモニカの横に跪き、顔を覗き込んだ。今よりも若いように見える彼女は浅い息をしながら、ある一点を見ていた。僕がその視線を辿ると、薄暗い部屋の奥にベラトリックス・レストレンジがいた。隣にはダンブルドアの想いで見たクラウチ・ジュニアの裁判の時ベラトリックスと一緒に裁かれた男もいた。二人の奥にも人が立っている。その人物は二人よりも奥に立っていて顔までは分からない。思いがけずベラトリックスを見る事になって胸がきゅっとなり、心臓が凍り付いた。ベラトリックスはぐったりとして動かない彼女を見て、大きな笑みを浮かべた。どくり、心臓が熱くて黒いものを全身に送り流す気がした。

「いい光景だよ、ミセス・ポートマン。お前にはその姿がよく似合う」

ベラトリックスは自分の杖を弄びながら、モニカに言った。彼女は左腕を抱えるように胸に寄せた。腕を握る右手は血で汚れていた。モニカがベラトリックスに拷問されたと言っていたのは、これだと確信した。

「返事をしないかい、え?まだ足りないって?」

ベラトリックスは杖を名前に向けた。『磔の呪文』だった。モニカは身体をきつく丸めて叫び声を上げた。フラッシュバック。ほんの少し前の光景が頭を過る。

「やめろ!」

僕は立ち上がって彼女のそばからベラトリックスに向かって叫んだ。そんな事をしても意味がないのは分かってる。でも、止めたかった。もちろん僕の声は届かない。想いの中のベラトリックスは、彼女の叫び声がだんだんか細く切れ切れになってくると、杖を下した。

「さて、これで躾はすんだろうね。ポートマン嬢?お前のような生き物には、これが相応しい待遇だと思うだろう?」

さっきよりもさらにぐったりとしたモニカは、それでも答えようとしない。ベラトリックスは、乾いた笑いを吐いた。ベラトリックスは分厚い瞼の下で、目をぐるりと回し考えるような顔をした。それから、陰に立つ男に向かって言った。

「お前が連れてきたんだ。最後はお前が躾けな」

ベラトリックスと隣に立つ男は部屋から出ていった。バタンと大きな音がして部屋は静かになった。モニカは部屋に残った陰に立つ男を見た。男は一歩一歩慎重にゆっくりと彼女に近づいた。月明かりが射している所まで出ると不快そうにもともと顰めていた眉をさらに寄せた。僕の胸はまたきゅっとなった。彼女のそばまでたどり着くと横を向いて小さくなっている彼女を足で蹴っ飛ばし、仰向けにした。彼女は庇う様に左腕を抱えていた。

「スネイプ、やめて…」

モニカは、陰から出てきたスネイプに懇願した。スネイプは表情を変えない。まるでモニカの言葉が聞こえなかったかのようだった。彼女の横に片膝をつくと、腕を掴んでいる右手を剥がした。露わになった左腕にスネイプは、そばに立つ僕に聞き取れないくらいの声で小さく呪文を唱えた。彼女の左腕に向けた杖からは鈍い赤色の光が出て、彼女の皮膚を刺した。途端に、彼女は悲鳴を上げた。痛み、苦しみ。スネイプはそれを無視して彼女の腕に言葉を刻んだ。すでに刻まれた文字をなぞって、傷を深く濃くしていった。

―――私は穢れた血である
高貴な血を汚してはいけない―――

彼女が悲鳴を上げ始めたその時目の前の光景がぐるぐると回り暗闇に落ちていった。

辿り着いたのは人気のない寂しい裏通りみたいな路地だった。ゆったりと煉瓦の塀に背中を預けるモニカと少し距離を置いてスネイプが立っていた。二人とも若い。どちらかというと学生の頃に近いように見える。モニカはリラックスしたように見える。これはスネイプが彼女を拷問する前だろうか?

「何から、話せば良いかしらね。セブルス?」モニカがファーストネームでスネイプの事呼んだ。スネイプの表情がさらにこわばった。「まずは、ホグワーツへの着任おめでとう、かしら」

モニカの言葉にスネイプはただ黙ったまま、彼女の事を用心深く見つめていた。

「ねえ、何か言って」
「…お前は、どういうつもりだ?」
「何をそんなに怒っているの?」モニカは茶化す様な軽い口調で返した。
「怒ってなどいない。ただ、―――何故お前は魔法省に報告しなかった?」そう言うスネイプの声は、低く脅すようだった。
「話した方が良かった?あなたが死喰い人だって。闇祓いやシリウスや」それからモニカは言葉を切ってから続けた。「ダンブルドアに?」

ダンブルドアの名前が出た時スネイプは僅かに視線を下げた。モニカの顔に笑みが浮かぶ。

「やっぱり、そうなのね」モニカが静かに言った。「ダンブルドアは知っているのね」その言葉にさらにスネイプは眉間に皺を寄せた。
「お前は、私を恨まないのか?憎くないのか?」
「いいえ」
「お前は―――」スネイプは首を振ったきり、それ以上言葉が続かなかった。
「私は、生きているわ。確かに、あなたやレストレンジのおかげで消えない傷はできたけれど」モニカはローブの上から腕を触った。「あなたはあなたのすべき事をした。それだけの事よ」

二人は見つめあった。スネイプは鋭い探る視線を送っていた。それを受け入れるように視線を返していたモニカがしばらくして、壁から背中を話して真っ直ぐに立った。これでお開きと言うような感じだ。「じゃあ」と言って去ろうとしたモニカに向かってスネイプが言った。

「本当に誰にも言っていないのだな―――ブラックにも?」
「言える訳ない。言ってたらあなた何もできないまま死んでいる所よ」モニカは冗談でも言ったかのように笑いながら答えて続けた。「―――あなたがこっそりダンブルドアに知らせてくれたから、レストレンジの所から生きて戻れたわ。本当に感謝しているわ。それにあれは…、とっても美しかった」

スネイプの反応を見る前に、僕は暗闇に落ちていった。


そして終わらない痛みを知る


back next