「あいつを殺してやる!」

僕は走った。背後で僕を呼ぶ声が聞こえた。そんな事、いまはどうでもいい。どうだっていい。僕は石段をよじ登り脳みそで埋め尽くされた部屋に戻った。ベラトリックスの後を追った。ベラトリックスは一瞬振り返ると、脳みその入った水槽に杖を向けた。僕は傾いた水槽の薬液を頭から被った。脳みそが触手を伸ばし始める前に浮遊呪文で凌いだ。部屋にはルーナがいた。ルーナの脇を走り抜けてジニーのそばを横切った。「何事?」という質問に答える余裕はなかった。僕はそのまま足を止めずに、抜けた笑みを浮かべているロンと気を失っているハーマイオニーを通り越した。

背中ではまだ僕を呼ぶ声が聞こえた。それを無視して部屋の扉を力いっぱい開けると、そこは真っ黒な大きい円形のホールだった。ベラトリックスはもうホールの反対側の扉に辿り着いていた。ベラトリックスが開けた扉の奥にエレベーターに続く廊下が見えた。僕はさらに床を蹴り上げる足に力を入れた。だけど、僕が追いつく前にベラトリックスは扉を閉めた。壁が回り始めてしまった。

「出口はどこだ?―――出口はどこなんだ?」

回転が終わった瞬間僕は苛立ちで叫んだ。すると、部屋はそれに答えるかのように、僕の真後ろの扉を開けた。振り返ってみると、扉の先にはエレベーターへと続く廊下が見えた。そこにベラトリックスの姿は見えなかった。エレベーターの動く金属音が聞こえてきた。僕は再び駆け出した。エレベーター乗り場にたどり着くと、ボタンを拳で叩いた。金属がぶつかる音がして別のエレベーターが下りてきた。エレベーターを待つ時間は途方もなく長く感じられた。

「―――ハリー!だめよ!」

近づいてくる声に僕は首を回した。黒いホールの扉からモニカが駆け出してきていた。さっきから僕を呼んでいたのはモニカだった。僕を止めに来たに違いない。僕は向き直ると、のろのろと下りてくるエレベーターを急かす様にボタンを連打した。やっと格子戸が開いた。僕は近づいてくるモニカを見向きもせずエレベーターに飛び乗ろうとした。だけど、次の瞬間には強い力で腕を引かれ、廊下に戻っていた。

「行っては、だめ」彼女は胸で大きく呼吸をしながら僕に言った。

僕は彼女を無視してもう一度エレベーターに乗り込もうとしたけれど、彼女の白くて細い手は驚くほどの力を持っていて、その手から僕は自分の腕を抜く事ができなかった。こうしている間にもベラトリックスは魔法省の出口へと向かっている。僕は苛立ちで大きな声が出た。

「放して!」
「いいえ、ハリー。それはできないわ」
「どうして?!早くしないとベラトリックスが―――」
「あなたはあの人を追ってはいけないわ!」

モニカは僕の言葉を打ち消すくらいはっきりと言った。彼女の表情は今までで一番険しく、強い眼差しを僕に向けていた。僕はそれにとても腹が立った。どうしようもない怒りが湧いてきた。

「君は―――ベラトリックスが怖いんだ!まね妖怪になるくらい!だけど、僕は怖くない!僕があいつを殺す!」

そう僕が言い放つと彼女の手の力が一瞬抜けた。僕はその瞬間にエレベーターに飛び乗った。モニカが僕に腕を伸ばし切る前に。格子戸は閉じた。エレベーターがアトリウムまで着くと、僕は飛び出した。ベラトリックスは僕に気が付くと、杖を向けた。僕は立像に隠れた。ベラトリックスはべらべらと話始めた。「あいつを愛してたのかい?」その言葉で僕は、今まで感じたこともない黒く熱い憎しみが溢れた。

「クルーシオ!」
「―――ハリー!」

呪文を唱えたその時、エレベーターの到着したガシャンという音とモニカの声が聞こえた。ベラトリックスは数秒の間、その場に崩れたけど、すぐに立ち上がった。もう笑ってはいなかった。僕はベラトリックスの呪文から逃れる為に噴水の陰にしゃがんだ。後ろの方でモニカの近づいてくる足音が聞こえた。彼女は走りながらベラトリックスに呪文を唱えた。ベラトリックスとの呪文とぶつかってバシッと激しい音が立った。

「これは、驚いた。モニカ・ポートマン嬢じゃないか、え?」

ベラトリックスの声が嬉々とアトリウムに響いた。僕陰に隠れたまま、後ろを振り返った。モニカは走っていた足を止めていた。モニカの顔は、さっき僕をエレベーターの所で掴んだ手よりもずっと白くて血の気がなかった。彼女は青白い顔に何の表情も浮かべないまま、杖も視線も真っ直ぐベラトリックスに向けて、慎重に歩みを進め始めた。

「いつかお前の事は、きちんとしつけなきゃいけないと思っていたんだよ」

ベラトリックスの声が響いた。このまま鼻歌を歌ってしまうかと思うくらい明るい声色だった。

「―――苦しめようと本気でそう思わなきゃ―――ポッター坊やにどうやるか、教えてやろうじゃないか。え、ポートマン?―――クルーシオ!」


愛に喰われた心


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