イースター休暇が始まった。それは試験まで六週間だと言う事を意味していた。僕はロンとハーマイオニーと談話室にいた。ロンが隣でダンブルドア軍団の事をアンブリッジに密告したマリエッタ・エッジコムについて、ひたすら話すのを聞くふりをするのはそんなに難しい事ではなかった。僕は適当に相槌を打ちながら、スネイプの記憶を思い返した。

僕は今まで自分の両親が素晴らしい人間だと信じていたからこそ、スネイプの父さんに対する中傷を否定できた。それが、今じゃ両親の事も、シリウスの事も、リーマスの事も分からなくなってしまった。モニカについて謎が深まるし、不信感も湧いていた。

シリウスが退屈だと言っただけで、父さんはスネイプに呪いを掛けた。リーマスはそれを見て見ぬふりをしていた。母さんだけがスネイプに対する父さんの行いを止めようとした。母さんはきちんとした人だと分かって嬉しいと同時に、あんなにも嫌っていた父さんとどうして結婚する事になったか分からない。

モニカの振る舞いも気になった。彼女は確かに、両親と話すようになったのは騎士団に入ってからで、シリウスとも六年生になるまで友達になれないと思っていたと言っていた。だけど彼女の父さん達に対する態度が、挨拶もしない赤の他人そのものだったとは考えていなかった。モニカが一緒にいた生徒は、自分達以外の全員を馬鹿にしているようだった。どうして、そんな集団の中にモニカがいるのか分からなかった。

イースター休暇が終わり、授業が始まった。僕はシリウスと話したかった。アンブリッジの授業を終えて、廊下を歩き始めた時にフレッドとジョージの陽動作戦の音が響いた。アンブリッジが教室を飛び出して、音のする方へと走ってく姿を見て決心がついた。ハーマイオニーの制止の声は無視した。

透明マントとシリウスからもらったナイフで、アンブリッジの部屋に忍び込むのは簡単だった。暖炉に近づき首を入れた。「煙突飛行粉」を摘まんで、薪の上に落とした。エメラルド色の炎に向かって、シリウスの屋敷の住所を叫んだ。

膝はアンブリッジの部屋に付いたまま、頭だけがくるくると炎の中を回転した。唐突にその回転が止んだ時には気持ちが悪かった。目を開けると、テーブルに腰掛けている男の人の後ろ姿とその横にモニカが立っているのが見えた。シリウスとモニカの事を暖炉から呼びかけると、二人は飛び上がってこちらを向いた。テーブルに座っていたのは、シリウスではなくリーマスだった。二人は驚いた表情を浮かべながら、暖炉の傍に膝をついて僕を覗いた。

「何かあったのか?」
「ううん」僕は何と説明したらいいか、言葉が見つからなかった。「―――シリウスと話したくて」

そう言うとリーマスは訳が分からないというような困った表情を浮かべながらも、クリーチャーを探しているシリウスを呼びに行ってくれた。

「暖炉を使うなんてよっぽどの事があったのね。ハリー、大丈夫?」
「あの、僕、スネイプの記憶を見て―――」
「セブルスの記憶?」モニカは僕が言い終わる前に言った。「セブルスのいつの記憶?どうして、あなたが彼の記憶を?」

モニカは眉間に皺を寄せると、暖炉の中の僕にぐっと顔を近づけて矢継ぎ早に聞いてきた。モニカの様子に驚きながらも、質問に答えた。

「えっと、スネイプが五年生の頃の記憶。この間、『閉心術』の時スネイプが自分の想いを『憂いの篩』に落としたまま、その場からいなくなって。覗いたら、ふくろうの試験の時の記憶だったんだ。試験の後、―――父さん達はスネイプを虐めてた」
「そう、…あの時の記憶なのね」

僕の言葉を聞くとモニカは落ち着きを払った声で頷いた。モニカは近づいていた顔を僕から離すと、思い出すように視線を遠くに向けた。僕も学生時代のモニカの姿を思い出した。

「モニカは、本当に父さん達と仲良くなかったんだね」
「ええ。寮も違ったし、仲良くするきっかけなんてなかったから。あの頃の私ってとっても嫌な人間だったでしょう?」正直に返していいか分からず黙っているとモニカは続けた。「いいのよ、本当の事言ってくれて。私もあの頃の自分って好きじゃないから」
「うーん…、ちょっと嫌な奴だった。だけど、モニカが一緒にいた人達はもっと嫌な奴だった」

僕は苦笑いで答えた。心の中では、あの記憶の中で一番の嫌な奴は僕の父さんだと思っていた。

「覚えているわ。あの人達、自分達が一番賢くて洗練されてると思っていたから。知性の感じられない人や子供じみた振る舞いをする人を見下していたのよ」
「モニカも?」

モニカが答える前に、リーマスがシリウスを連れて戻って来た。モニカとも話したかったけれど、僕は一番に父さん事を知りたかった。フレッドとジョージが保証してくれた二十分のうちのいくらかはもう過ぎている。僕は、シリウスとリーマスに「憂いの篩」で見た事を話した。二人から父さんが若かったから馬鹿をやっていただけと聞かされても、僕の重い気持ちは完璧には晴れるわけではなかった。

スネイプがこの一件で僕に「閉心術」に教えるのを辞めると言った時、三人ひどく驚いていた。三人とも僕が「閉心術」の訓練がどれほど大切なのかを話した。

「分かったよ」あまりにも必死な様子に僕は、訳も分からず苛立ちながら、スネイプにお願いすると言った。「―――クリーチャーが下りてくる音?」
「いや、君の側の誰かだな」

心臓が止まるかと思った。僕は慌てて、暖炉から首を引っ込めようとすると、モニカに呼び止められた。モニカはまた僕の顔に近づくと、聞いてきた。

「あなたが見た記憶はさっきので全部?」
「そうだよ」僕はどうして今そんな事を聞くのか分からないまま早口で答えた。
「分かったわ。それからハリー、絶対に『閉心術』を辞めちゃだめよ」
「うん―――」

僕はモニカの言葉に考えずに答えた。首を暖炉の火から引っ込めると僕は、アンブリッジの部屋に戻っていた。「透明マント」を被った次の瞬間にはフィルチが部屋に飛び込んできた。


花は枯れない


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