僕は夜中になっても寝られなかった。ヴォルデモート、死喰い人、レストレンジの事を考えた。モニカがレストレンジから拷問を受けた事があるなんて知らなかった。知りようがなかった。けれど、ヴォルデモートと戦うと言うことはそう言う事なんだと思った。僕の両親を殺し、ネビルの両親を拷問したように、僕達の身近な人間を苦しめる可能性は十分すぎるほどある。

ダンブルドア軍団の事を考えた。僕達がやっている事は、子供の遊びなんじゃないかと言う気がした。ヴォルデモートはきっと僕達が知らないような深い闇に包まれた恐ろしい魔術をいくつも知っている。もちろん、何もしないよりは備えていた方がいいに違いない。でも、それで安心できるわけじゃない。ちっとも安心なんかできない。

寝返りをして、クリーチャー避けに鍵を掛けた寝室の扉を見つめた。シリウスはさほど気にしていないようだったが、最近クリーチャーの姿を見かけないので、鍵を掛ける必要がないと思うくらいだった。その時、扉を通して小さな音が聞こえていることに気が付いた。

僕はサイドラックに手を伸ばした。眼鏡を掛けると、その横にあった杖を握った。一瞬ロンの事も起こそうかと思ったけれど、夏にモニカが来た時みたいに突然の訪問者かもしれない。結局僕はロンの事は起こさずに、杖を構えて部屋を出た。

廊下に出ると、音がさっきよりもよく聞こえた。薄暗い階段を慎重に下りていく。二階に着くと、音の正体が分かった。客間の扉が少し開いていてそこから漏れていた。クリスマス・ソングだった。今日、昼に厨房にあった蓄音機が出していた少し籠った音と同じだ。

そっと扉に近づいて隙間から中を伺った。客間にはシリウスとモニカがいた。部屋には蝋燭の火が幾つか魔法で浮いていて、室内を温かく照らしていた。床に置いた蓄音機からゆったりとしたクリスマス・ソングが流れていた。ふたりはそれに合わせて踊っていた。シリウスはモニカの片手を握り、空いている方の手は彼女の背中に回していた。シリウスは自分の肩に頭を預けているモニカの耳元に何かを囁いていた。その横顔は、僕の両親の結婚式に花婿付添人として参加した時と同じだった。ハンサムで、心から喜びを感じているような笑顔を浮かべている。

モニカは目を閉じて、シリウスの囁きに時折浮かべている笑みを深くした。ふとモニカは頭を起こしてシリウスの事を見上げると、シリウスも彼女を見つめ返した。シリウスは腰に回していた手をモニカの頬に添えた。ふたりは、偽りのない笑顔を浮かべた。

僕は、足音を立てないように寝室に戻った。ベッドに横たわった時、さっきベッドを出た時に胸にあった気持ちが全く別なものになっている事に気が付いた。よく考えてみれば、今回は前回とは違う。騎士団は、ヴォルデモートの想像以上に色々な情報を知っているらしいし、あいつらの企んでいる事を阻止しようとしている。それに、ヴォルデモートが狙っているものがある事も分かっていてそれを守っている。騎士団は最善を尽くしている。僕だってできる限りの事をすべきだ。それがダンブルドア軍団だという強い気持ちが湧いた後、僕は眠りについた。

僕達は休暇の残りをクリスマスの片づけをしながら過ごした。休暇が終わりに近づくにつれて、シリウスはまた不機嫌になっていった。一つあった変化は、バックビークの部屋に籠るシリウスを呼びに行くのがモニカの仕事になった事だった。

ホグワーツに帰る日がついに来た。朝の厨房にはウィーズリー一家と、シリウスとモニカと護衛役のリーマスとトンクスがいた。僕はリーマスに近づくとこっそり小声で聞いた。

「シリウスとモニカについて聞きたい事があるんだけど」

そう言うと、リーマスは紅茶を飲んでいた手を止めて不思議そうな顔をした。

「構わないが、何だい?」
「シリウスとモニカって、―――恋人同士なの?」
「いいや」リーマスは、離れた所にいるふたりを見て答えた。「私の知る限り、それはないよ」
「でもモニカは僕に言ったんだ。六年生の時、シリウスと友達以上になれるって分かったって」
「ああ、確かにふたりはその頃から少し話をするようになっていたよ。とても親密な時期も確かにあった。でもふたりは付き合わなかった。シリウスは七年生になった頃から、色々な女性とデートをしていたしね」僕の落胆した事に気が付いたリーマスは付け加えた。「でもふたりには、ふたりだけの特別な絆が、今も昔もある事は確かだよ」

リーマスはにっこりしながら言った。僕はリーマスの視線の先にいるふたりを見た。シリウスはむっとしていた。シリウスの不機嫌はモニカの手に負えないようだった。モニカは気にすることもなくトーストを食べていた。

シリウスに別れを告げるのは、辛かった。クリーチャーのいる屋敷にシリウスを残して、自分だけホグワーツに帰るのが忍びなかった。

それに、課外授業について話に来た時にスネイプはシリウスを臆病者呼ばわりした事で、シリウスが一人で無鉄砲な事を考えているんじゃないかと、不安でもあった。何か、シリウスに言うべきな気がした。しかし、最後に向き合った時僕よりも、先にシリウスが口を開いた。

「元気でな、ハリー」

さっと抱きしめられた時、僕の鼻を知っている匂いが掠めた。モニカの着けている香水だった。それが、どうしてか僕の気持ちほほんの少しだけ軽くした。次の瞬間には僕は屋敷の外にいた。冷たい外の空気を感じながら、小さくなっていく屋敷を振り返った。


好きだから愛せない


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