僕はグリモールド・プレイス十二番地の三階の寝室にいた。隣のベッドではロンが寝ていた。僕はベッドにきつい体勢で寄りかって起きていた。寝るのが怖かった。一度寝てしまったら、蛇になってまた誰かを襲うのではないかもしれないと思った。チョウとキスしてから十二時間も経っていないのが嘘のようだった。

お昼になってみんなが起き出した。厨房でお昼を食べている時もずっと暗い気分のままだった。途中で僕達のトランクがホグワーツから届いて、クリスマス休暇をシリウスと過ごせることを実感できた。気分は一瞬だけ向上したけれど、すぐに自分がここで眠る事が果たして正しい事なのか自信が持てなった。胃が重くなってそれ以上フォークを動かす事ができなくなってしまった。

聖マンゴ病院に向かおうと、最寄りの駅行くとそこにはモニカがいた。今日も完璧な変装で、個性的なマグルの格好をしていた。彼女が魔女だと知らなかったら、僕はきっとモニカが美術館か博物館で働いていると思うにちがいなかった。やたらと長い濃い紫のコートと顔色が悪く見えるメイクがアーティストっぽい印象を周りに与えていた。

「怪しい人も事もなしよ」

さりげない動作で僕達一同に加わったモニカはマッド‐アイに向かって耳打ちした。地下鉄のホームで電車を待っていると横に並んだモニカが僕を気にしているが嫌でも分かった。

「ハリー、何だか疲れているわね」
「ううん。そんな事ない」

心配そうに見てくるのですぐに視線を逸らした。モニカはそれ以上話しかけてくる事はなかった。病院の最寄りらしい駅で降りるとそこはとても賑やかだった。クリスマスが目の前まで迫っていることもあってか、買い物客で溢れていた。僕達は彼らの間を縫うように足を進めた。パージ・アンド・ダウズ商会と書いてあるデパートの前まで来た。マネキンに従いみんなでガラスの向こうへと入っていったけれど、モニカは外で見張り番らしい。

ウィーズリーおじさんがベッドの上で起きて日刊預言者新聞を読んでいる姿を見てほっとしたのはつかの間だった。病室を追い出されてから伸び耳で聞いた話は僕の恐怖を決定的なものにした。病院から出て冷水の膜のようなガラスを通り抜け、モニカが待っている通りに戻った時には気分は最悪だった。

モニカも騎士団のメンバーだから、僕がどんな存在なのか知っているに違いない。行きに僕を気にして「疲れているわね」と言ったのは「僕」を心配したんじゃなくて、「武器である僕」に異変がないか心配していたんだ。何だか無性に腹が立った。モニカは寄りかかっていた壁から背中を離すと僕達に向かって歩いてきた。僕の事をあまりにも見てきたから、横に立たれた時何か言われると思ったけれど、モニカは僕に一度小さく微笑むとその後話しかけてくる事はなかった。

屋敷に戻ると僕はおばさんの勧め通り寝室に戻った。考えた結果プリベット通りに戻ろうとして肖像画のフィニアス・ネイジェラスの言い合いになった。彼はダンブルドアからの「動くな」の伝言を届けた。怒りと恐怖で乱暴にベッドに倒れた。ロンに夕食だと呼ばれて目を覚ましたけれど、寝たふりをした。どうせ誰も僕と一緒にいたくないはずだ。もう一度寝て、次に目が覚めたのは明け方だった。

僕は誰とも話したくなかった。午前中、みんなはクリスマスの飾りつけをしていた。僕はそれに加わらずに冷え切った客間に籠った。シリウスの弾んだ歌声が下の階から聞こえていた。古臭い曲も、歌詞からして魔法使いが作ったんだろうなと言う曲も、マグルっぽい曲もあった。シリウスが久しぶりにクリスマスを誰かと一緒に過ごすのを嬉しく思っている事に明らかだった。

昼頃、ウィーズリーおばさんは僕の事を呼びに来たけれど、上の階に逃げ込んだ。客間を出て階段を上がっていく時、下の踊場にシリウスのモニカがいた。ほとんど鼻がくっつく位近い距離だった。ふたりは僕が階段にいる事も気が付かないくらいに言い合いをしていた。声を殺していたので何を話しているのかは分からないけれど、どうせ僕の事だ。僕はふたりに気づかれないうちに、足音を立てないようにして階段を駆け上がった。

それからまた時間が過ぎて、夕方ハーマイオニーが屋敷にやって来た。ハーマイオニーに連れられてバックビークのいる部屋から寝室に戻ると、そこにはロンとジニーがいた。ジニーからヴォルデモートに憑りつかれる感覚がどんなものなのか聞き、ハーマイオニーからホグワーツから抜け出す事は出来ないと聞き、ロンから僕があの晩ずっとベッドにいた事を聞いた。サンドウィッチを食べながら、僕は武器じゃないと思えるようになると、一気に安心した。怒りも恐怖ももうなかった。

部屋の外から聞こえてくるシリウスのクリスマス・ソングの替え歌を一緒に歌うたいくらいだった。昨日から部屋に籠っていたのがとても馬鹿げた行動に思えた。みんなはただ僕の事が心配だったんだ。誰も僕と一緒にいたくないし、話したくも目を合わせたくもないと思っているのは僕の勝手な考えにすぎなかった。

丸一日ぶりの食事だったので、僕はサンドウィッチを猛烈に口に詰め込んだ。シリウスの歌声は遠くの方からまだかすかに聞こえていた。昼間、シリウスは踊場でモニカと僕の話でないとすれば、何の話をしていたんだろう。夏休みにここにいた時、シリウスはモニカと口論するとどんどんと機嫌が悪くなっていたのに、今日はずいぶん陽気だと思った。あれだけ張り詰めた雰囲気で話をしていたのに、実は大した事のない内容だったのだろうか。


愛は残しておく


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