その晩の夢は最悪だった。両親が夢に現れた。マッド‐アイに見せらせた写真のようにただ僕を見て笑っている。話しかけようとするとふたりの姿は見えなくなる。それからクリーチャーが死んでいるのを見て泣いているウィーズリーおばさんが現れた。その傍らには王冠を被って得意げなロンとハーマイオニーがいた。死でいると思ったクリーチャーが突然起き上がってハーマイオニーを指さしながら「穢れた血、血を汚す者」と呻いた。シリウスの母親が脇に現れた。ハーマイオニーを睨んでいる。レストレンジもいた。長い黒髪を揺らしながら楽しそうにハーマイオニーに向かって杖を向けた。モニカがハーマイオニーとレストレンジの間に現れた。レストレンジは標的をモニカに変えた。杖から光線を出すと、モニカの腕に闇の印を焼き付けた。僕はモニカに向かって駆け出すと、いつの間にか廊下を歩いていた。辿り着いた扉に鍵が掛かっていると分かると、傷痕が痛み出した。

「―――汽車に遅れるって」

フレッドとジョージのトランクがジニーに衝突した騒動を聞きながら、慌てて準備をした。ハーマイオニーから「僕」のために護衛が付くと聞いて一瞬驚きとイラつきで靴ひもを結んでいた手が止まった。だけど一階からのウィーズリーおばさんの大声で、飛び上がって荷物を引っ掴んで階段を駆け下りた。

シリウスの母親は相変わらず醜くかった。昨日の夜まね妖怪が姿を変えた母親は目をひん剥いたり涎を垂らしていなかった。肖像画の母親は、怒りに任せて吠え続けていた。おばさんから、荷物を置いておばさんとトンクスに着いて行く事を言われた時、犬になったシリウスが現れた。言い争う時間も惜しかったのか、おばさんは自己責任だと叫んで、玄関の扉を開けた。

キングス・クロスまでの二十分の道のりを僕は、犬姿のシリウスと老婆姿のトンクスとおばさんとで歩いた。シリウスは、とても嬉しそうだった。おばさんは硬い表情でいたけれど、僕は吠えたり、跳ね回ったり、鳩に噛みつこうとしたり、自分の尻尾を追いかけたりするシリウスを見て笑った。

キングス・クロスはマグルでごった返していた。駅の入り口でおばさんは立ち止まった。首を左右に回して誰かを探しているようだった。その時シリウスが駆け出した。行き交う人達の間を上手にすり抜けると、駅の入り口の隅っこに置かれたベンチに座っている女の人に向かって行った。いかにもマグルらしいボロボロのジーンズを履いていた。シリウスは、その人の上着の袖を口で引っ張った。今まで新聞を読んでいたその人は突然の犬の登場に驚いたようだった。固まっている彼女の袖をもう一度引っ張ると彼女は新聞を畳んで立ち上がった。シリウスはこっちに戻って来た。

シリウスの後に着いて来る女の人が近いて来るとモニカだと分かった。すぐに気づけなかったのは、モニカらしくない格好をしていたせいだった。今日のモニカはジーンズの上にティーシャツとくたびれたシャツを着て、髪の毛もいつもと違ってぼさぼさで顔に掛かっていた。僕がモニカだと気が付いたのは、モニカの身のこなしだった。ぞんざいな格好をしているのに、足の運びは滑らかで背筋は真っ直ぐだった。

「おはよう、ハリー」そう言う声もいつも通り落ち着いていた。「二時間前から見張っていたけど、怪しい動きはないわ」

モニカの言葉を聞くと、ウィーズリーおばさんは安心したように頷いた。九番線と十番線のあるプラットホームに向かって歩いている時、シリウスはずっと僕とモニカの足元を行ったり来たりしていた。シリウスの事を間違って踏まないようにしながらモニカを見た。

「なんだがちくちくする」モニカが髪を触りながら言った。
「いつもとは違うね。どうして?」
「ムーディよ。私がメンバーで一番マグルに馴染めるからって。二時間前から駅を見張らせたの。それで万が一の為に変装しろって。トンクスみたいに見た目を自在に変えられないから、洋服と髪型でこうなったのよ。酷いでしょう?」

僕はどぎまぎして質問に答えられなかった。するとシリウスが一度吠えて全身をぶるぶると振った。まるで水浴びをした後みたいな仕草で、彼女の質問に全身で「ノー」と言っているように思えた。それを見てモニカはにっこりして犬のシリウスの頭を撫でた。するとシリウスはもう一度吠えてモニカの手を舐めた。

九と四分の三番線のホームに辿り着くと、モニカはさらに用心の為、背負っていたバックパックからマントと帽子を取り出して身に着けた。すぐ後からマッド‐アイと荷物が現れた。他のみんなを待っている間、少し離れた場所でモニカはホームをじっと見ていた。

「モニカ」僕は背中ムーディーの視線を感じながら、話しかけた。
「何かしら?」モニカは朗らかな様子だった。
「シリウスと仲直りしたの?昨日、―――ほらあの後で」
「仲直り?まあ、そんな所かしら」
「モニカは前に言ったよね?シリウスとは友達だった事はないって。それなのに、騎士団に入った理由がシリウスなのはどうして?」
「ああその事?」そう言うとモニカはどこか遠い所を見ながら言った。「私、確かに彼と友人にはならなかったわ。でも六年生になったばかりの時、彼と話したの。その時、友人以上になれるって分かったのよ」
「友達以上?」その時、おばさんが僕を呼んだ。振り返るとみんな揃っていた。「じゃあ、スネイプの事は好きじゃないんだよね」早口で言った。
「セブルス?大好きよ」

モニカの言葉にぎょっとした。それに気が付いたモニカは笑いながら続けた。

「ごめんなさい。言葉が足りなかったわ。セブルスの事は好きよ、友人の一人として」その言葉とおばさんの僕を呼ぶ声が重なった。
「じゃあ、モニカが好きなのは―――」

最後まで言い終わる前にマッド‐アイに連れ戻されてしまった。モニカはにっこりしていた。ホームまで来てくれたみんなにお別れをして僕は汽車に乗り込んだ。シリウスは、最後まで汽車を追いかけていた。


世界はそれを悲劇だと言うけれど、きっとこんな幸せは僕らにしかわからないんだ


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