勤めてる人と勤めてない人

「ビールで」

差し出された手を握ればすごい冷たくて、部屋に招き入れた。あったかい飲み物でも出してやろうと、紅茶かコーヒーか聞くと、この答え。

「夜中に突然来て、お酒要求するとかどういうことつもりなの?」
「相変わらず真面目ですね」
「財前は相変わらず不真面目だね」

何年振りかの再会だというのにこの態度は頂けない。けど、一週間の疲れの溜まった身体はビールを欲していた。冷蔵庫からお目当ての缶を取り出して、常識知らずの訪問者にも渡す。ぷしゅっと音を立てて開けると、ソファーに座った財前が乾杯と言った。乾杯することないし。突っ込みたいけど、他にも財前には突っ込みたい所があって、という突っ込みどこしかない。ひとつ年下とは言え財前だってアラサーなのに社会人らしからぬ砕けた格好だし、こんな時間に訪ねて来るとか何事だし、そもそもなんで私の家知ってるんだし。

「―――?ジュリさん?」
「…え?何、聞いてなかった」
「だから、今日はどうしてこんな遅かったんですか」
「どうしてって、仕事だよ普通に」
「こんな遅くまで?」
「残業」
「残業ってこんな遅くまでしなきゃいけないんですか」
「財前も何年か勤め人やってるなら、分かるでしょその辺は」
「いや、俺勤めてないんで分からないです」

ぐびっとビールを飲む財前による、まさかの無職申告。サークルが一緒だっただけで個人的に仲が良かったわけではないから、私が卒業したのち財前がどうしてかなんて知らなかったし、興味はなかったけど。まさか、就職してなかったとは。学生時代の財前は不真面目で趣味に没頭してて口も態度も悪い癖に人に好かれてて勉強の要領も良かった。いい加減だけどなんだかんだこういう人間が人生上手くいくと思ってた、のに。

「そっか。…でもまあ、あれだ。今日はそれ飲んだら帰って?」
「どうやって?」
「どうやってって、財前どうやってここまで来たの」
「車すよ」
「は、車?」
「はい」
「そんなのどこに停めたの」
「下のコンビニの近くのパーキング」
「本当に車で来たの?」
「はい。だから、これ飲んじゃったんで運転は無理ってことです」

無職なのに車?もしかしてマイカー?いやまさか、レンタルでしょ。いやどっちにしても飲酒って。確信犯?

「えーと、私もう今日は疲れた寝たいわけ、ね?だからタクシー呼ぶからとりあえず今日は帰ってもらっていいかな?」
「タクシーで帰れと?」
「車なら別の日に取りに来ればいいじゃん」
「タクシーいくらかかると思ってるんですか」

無職にタクシーを勧めるのは不躾だったかもしれない。いや、でも帰ってほしい。お財布とタンス預金に合わせていくらになるか考えて、ふと思う。財前もともとお金をもらいに来たのかもしれない。え、それ怖い。家の前に立たれるのと同じくらい怖いそれ。

「…ちなみにいくら欲しいの?」
「いや、いくら払ったって大阪まで送ってくれるタクシーはありませんよ」
「おおさか?」
「はい、俺大阪に住んでるんで」

知ってるでしょう、と私を馬鹿のように見てくる財前。私が知っているのは大学三年の財前で、その時は確かに私達は大阪の大学にいたけど。まさか何年も経って、東京で再会したというのに、財前がまだ大阪に住んでるなんて想像する?まったく、疲労とお酒で頭の動きが良くない。殻になったビール缶をダイニングテーブルに置いて一呼吸。

「えーと、つまり。財前君は、会社にお勤めをされていなくて、お住まいも大阪ということでお間違いありませんか?」
「なんすかいきなりその口調、気持ち悪い」
「…間違いないですかねえ?」
「合ってますよ」

もう、とんだ来客。本当なら今頃ビールを飲んで化粧を落としてお風呂に浸かってすっきりして部屋着でベッドに入っていたはずなのに。

「財前は一体、何をしに来たの?」
「ジュリさんに、約束果たしてもらおうと思って」
「約束?」
「ほら、一人前の男になったらってやつ」