あの日の空が揺れている

野営の経験も兼ねて、里のすぐ近くの森で一晩を明かす事にした。下忍に回ってくる任務では、そうそう里の外に出て野宿を迫られるものはないだろう。機会があるときにこいつらに経験させておいたほうが良いなんて考える俺は、なんだか先生らしいかな、なんて。今の俺を見て先生なら、どう思うだろう。オビトならなんて言うかな。リンは笑ってくれるかな。こうも星がきれいだと、感傷的になる俺はまだまだ若い。けれど、先生たちの死に縛られるほど未熟ではなかった。彼らが教えてくれたことを、俺はこいつらに教えてやりたかった。下忍になりたてのこいつらが国を出てAランク任務だなんて酷だったが、それでも三人とも生き抜いた。再不斬と白という少年から、こいつらは大切なことを学べた。俺の後ろで、三人とも寝息を立てている。まだ敵の気配を気にしたり、自分の気配を消すのは難しいか。それでもこいつら、きっと良い成長をしてくれるんだろうな。マスクの下で口元が緩む。空を見上げれば、満天の星。今、思い出すのは、彼女とこなした最後の任務だった。



四方を囲まれいったん引くことも作戦を練り直すこともできず、劣勢のなかでなんとか戦ったが、敵をひとり殺れば、仲間がそれ以上に殺された。もうテンゾウと彼女しか生き残っていなかった。三人背中を合わせたとき、これが最後だとわかった。俺たちはチャクラを消耗していた。息を吐いたのを合図に、雷切を発動する。二人もそれぞれ攻撃を仕掛けていた。殺った敵を1、2、3と数える。残り数人となって、敵が風遁の印を結ぶのが見えた。まずい。雷切の威力がいなされるのだけだったらいい方だろう。相手はカウンターに特化してたので、最悪俺が殺されるかもしれない。そう考えたころには地面をけり出してて、方向を変えるころには敵の懐に突っ込み終えてる。敵が印を結び終わるのと当時に、俺の目の前に現れた彼女は風遁の威力でいなされた雷切が左に流れるのを引っ張り戻した。彼女の肩を掠め軌道を修正した俺は、スピードも威力も失うことなく後ろに流れ、後方の敵を雷切で突いていった。テンゾウが最後の敵を倒し終えたのを目視し、彼女を振り返れば、風遁使いの敵の胸から支給品の刀を抜いたところだった。俺の攻撃をかわして油断した敵は、彼女が刀を抜いたのを気付くのに遅れたのだろう。あっけない最期だ。これで敵は全滅だった。森のなかで、木の葉のざわめきと俺たちの乱れた呼吸音しかなかった。テンゾウが、最後のは敵の不意をついたね、と後輩の彼女を褒めた。

殺すだけでは任務は終わっていないが、考えるゆとりはできた。死んだ仲間と殺した敵の遺体の処理前の選り分けをしながら、さっきの出来事を考える。確かに、彼女があそこに現れたのは敵の不意をついてたが、同様に俺の不意もついた。彼女が俺の流れた腕を引っ張り戻せたのは、ほんの少し俺の腕の力が驚きで抜けたからだった。しかも彼女が引っ張り戻した腕は俺が自力で軌道を修正しなかったら、間違いなく彼女もろとも敵を突いてた。あの時、頭にリンの姿がよぎらない限り、俺は間違いなく彼女を突いてた。二度も、仲間を殺すような失敗はできなかった。遺体ひとつひとつを入念に調べる彼女を見ながら、まったく無謀なやつだと思う。死に急ぐようなことはしてほしくない。テンゾウさん、と彼女がテンゾウを呼び解剖の手伝いを頼んでいた。左腕がしびれちゃって言うこと聞かないんですよ、と明るい声でいう彼女の肩からは血が出てた。故意でなくても、仲間を傷つけてしまったことを後悔する。彼女は俺の視線に振り向いた。大したことないですよ、後できちんと手当てしますから、という彼女はきっと面の下で笑っていた。テンゾウがさっきは雷切の前に飛び込むからびっくりしたよ、と言う。いやいやとっさの判断です、と返す彼女は、作業の手を止めもう一度俺を振り返った。

「でも、なかなか良いチームワークでしたよね」

この時頭に食らった衝撃は今でも覚えている。ねえ、ミナト先生。先生の言ったチームワークってこういうことじゃないでしょ。オビトお前だったら、死に急ぐような真似させないでしょ。リンは他に方法があれば死にたくなかったでしょ。俺は、仲間を正しく導けてないと心底実感した。キレた俺の口から出た言葉に、彼女は固まり、俺は彼女を鋭い視線で射抜いた。テンゾウだけがおろおろとしていた。

結局、あれが彼女との最後の任務だった。三代目に病院へ行け命じられ、部屋から出て行った彼女の背中は華奢で血に塗れていた。その背中で、俺が下ろした荷物も背負うことになるなんて、世界は情け容赦ない。彼女の背中を見送ったきり、彼女の姿は見ていない。もしかしたら死んでいるのかもしれないし、生きて未だに汚れ仕事をこなしているのかもしれない。暗部の死は公にはならないから、本当のことは分からない。



風向きが変わった。わずかに、血の匂いがする。考え事を意識から追い出し、現実に集中する。

「ナルト、サスケ、サクラ起きろ!」

近づいてくる気配の方向にクナイを構え、眠っている三人を起こす。すぐさま目を覚まし、態勢を整えるサスケに若干遅れてサクラも目を覚まし、周囲を見回し事態を把握しようとしている。あとは、ナルトなんだけどな。サクラにナルトを起こすように指示し、俺とサスケで二人を挟むように陣と取る。近づいてくる気配は一人だけ。こんなに木ノ葉の里に近い森に血の匂いをさせた敵が気配も隠さずに一人で突っ込んでくるだろうか。疑問だが、どちらにしろ正体が分かるまで気は抜けない。茂みから出てきた姿を見て、クナイを下ろすが、サスケがすでに攻撃を仕掛けていた。おいおい、それ味方だから。そういえばこいつら暗部の面は霧隠れのしか知らないのか。止めに入るが想像以上に殺気立っていたサスケは、俺が腕を捕まえる一瞬先にクナイを放った。俺もクナイを投げて、打ち落とす。金属がぶるかる高い音でナルトが飛び起きた。

「なんだなんだ!って、カカシ先生、あのお面、敵か?!」
「ナルト、それに二人も安心しろ。あれはうちの里の暗部の面だ」
「…へえ、本当の名前はカカシさんって言うんですね」

状況について来れず緊張の抜けない三人を置いて、面がのんびりと言った。この声色に肩の傷跡、彼女だと確信する。後ろで、ナルトが先生の知り合い?と騒ぎ、サクラが、この人傷だらけと不安げな声を落とした。確かに、彼女は傷だらけだったし、呼吸のリズムも乱れていた。

「ご無沙汰してました。三年ぶりですね。あーっと、今はもうカカシさんって呼んだほうがいいですか」
「そんなことはどうでもいいよ。それより、隊の残りはどうしたの」
「みんな死にました」

何でもないように話す彼女に、三人が息を飲むのが分かった。彼女は大したことないんだよと明るい声で俺の後ろに声を掛けたが、それは気遣いとして不正解だよ。相変わらずだなと思えば、彼女は突然地面に膝を付いた。呼吸もさらに乱れている。俺よりも先にナルトが声を張り上げた。

「え、ちょ、どうしたんだってばよ?!」
「敵の掛けた術が解けなくて、身体が思うように動かないの。気配を感じて味方かなと思って、一か八か出てきちゃった」

へへへと笑うが、声には苦しみが滲んでいた。

「お前ら、野営の練習は中止!ナルトとサスケで俺とこいつの荷物持って。里に帰るよ」

彼女に肩を回し、立ち上がらせる。ご迷惑おかけしますと言う彼女の身体は異常に熱かった。

「カカシさん、これ火影様に渡してください」

意識が朦朧とし始めた彼女が、俺の手に巻物を手渡す。里に帰ったら自分で渡しなさいと押し返すが、今回は本当に死ぬかもしれないので、言られてしまう。その声は今まで聞いたなかで一番落ち着いてゆったりとしていた。気を失った彼女を担ぎ直し、地面を蹴る。三人が付いてくるのを確かめながら、スピードを上げる。彼女には悪いが、せっかく再会したのだから死なせるわけにはいかない。駆ける俺の頭の上では、空に星が浮かんでいた。