青い鳥は撃ち落とされた

火影塔に着いて、テンゾウに遺体を分析班に届けるように頼んだ。俺は三代目に報告をしなければいけないし、傷負いの彼女に一人で遺体を担がせるのは酷だった。テンゾウに届けたら帰っていいよと告げ、二人で塔の階段を登る。

窓からは、穏やかな里の様子が見えた。大戦の傷が癒えはじめ、惨劇の記憶に埃が積もってきた。それでいいと思う。里の全員がなにも重荷を背負うことはない。誰かが身軽な身体で、もう一度この里を立て直さなければいけない。その分の荷物は背負える人間が背負えばいい。俺やテンゾウや彼女のような人間が、余分に荷物を担げばいい。

火影室に入ると、三代目は息を吐いて俺達を迎え入れた。その呼吸に含まれた思いは俺には量れない。俺達二人だけの姿を見ても、表情を崩さなかった。ほんの少し目尻を下げたのは、悲しみや失望ではなくて優しさからだろう。火影という存在はどうしてこんなにも、優しい強さをお持ちなのか。

隊長として今回の作戦の報告するなか、隣の彼女の意識がここではないどこかに向いているのに気がつくが、いつもの事なので三代目も俺も気に止めなかった。一通り話し終えると、労いの言葉をもらう。それから彼女の方に三代目は視線を投げた。

「それで、お前の肩はどうしたんじゃ?」
「私の不注意です。大したことありません」

擦り傷のようなものです、ね?と俺に問い掛ける彼女に、少なくとも擦り傷ではないかな、と俺が言えば、そんなことないのに!と声を上げた。三代目はやれやれと言ったように首を振り、彼女に病院へ行くように命じた。彼女が部屋から消えて、気配が遠退くのを確かめてから三代目に向き直れば、先程までとは違い幾分真剣な顔をしていた。

「何があった」

なるべく詳細に三代目に説明する。否、その時俺が思ったことは省いてだが。僅かに眉を吊り上げた三代目をなだめるために、もう俺がきつく言ってありますから、と添える。立ち直りは早かったが、それでも彼女はしばらく萎れていたので、三代目が直々に彼女と話す必要はないだろう。

「ところで、正規上忍を増やすべきだと、御意見番から提案が出ておる」
「はあ、」
「そこで暗部からも誰か、上忍として任務を就いてもらう」
「でしたら、彼女を暗部から解任すべきです」

彼女はこのまま暗部にいたら、死んでしまう。今回の作戦での怪我がそれを物語っていた。そもそも心を殺せず感情豊かな彼女が暗部にいることがおかしかった。

「カカシよ、お前は変わったの」
「俺が?」
「四代目がお前を暗部に配属した時より、お前はすいぶん成長しておる」

三代目が壁に掛かったミナト先生の写真に視線を向けていた。オビトもリンも死んで殺すべき心がすでに死んでいたあの頃、俺を暗部に送り込んだのは先生の図らいだった。暗部の任務は通常任務外の汚れたものばかりで俺にはちょうど良かったし、先生は何より俺を目に届くところに置いておきたかったんだろう。どうしたって、俺は先生の可愛い部下だったんだろうなと今になって思えるようになった。

「わしは、お前を解任しようと思っておる」
「…何故です」
「お前が変わったからじゃ。お前はもう十分汚れ仕事をこなした。それに、四代目も時期を見てお前を上忍にしようと考えておった」
「つまり、今がその時だと言うんですね」
「うむ」

それでも、彼女こそ暗部にいるべきではないと思ってしまう。俺の諦め切れない視線に三代目は笑い返した。心なしか、疲れているように見える。

「あの子には明るい所での任務はまだ無理じゃ」

そう溢す三代目の瞳は、九尾の子を話す時と同じ憂いを帯びていた。あの子は、まだ忍としての大切なことを分かってないんじゃよ、と続けた。チームワークですか、と答えを引き継ぐと、それもひとつだが、一番彼女が理解できてないのは、理由じゃ、と三代目が零した。

「…理由?」
「我ら忍を、忍としてあらしめている理由じゃ。生きて戦い抜く動機、大切な存在」
「つまり何が言いたいんです」
「カカシ、お前も今回の作戦で気づいただろう。あの子は忍としての能力はあっても、こなすべき任務はあっても、そもそも生きる理由が、守るべき存在がない」

今回の任務を思い返す。あの時の向こう見ずな彼女。ああ、そういうこと。俺は勘違いをしていた。彼女は死に急ぐ真似をしたんじゃなく、本当に死のうとしていたのか。

「彼女は、死んでもいいと思ってるんですね」
「…あの子は死ぬ機会を探しておる」

だから、あんな真似ができた。まったく、テンゾウといい一筋縄ではいかない輩が多い。話を聞いて、なおさら俺ではなく彼女を暗部から解任すべきだと思った。暗部に回ってくる任務なんて死ぬ機会がごろごろ転がっている。このままだと、遅かれ早かれ彼女は死ぬ。そう俺が考えていることはおそらく、三代目もとっくに考慮しているはずだ。だったら、俺の口出しは無用だ。分かった上で三代目に視線を送るが、音もなく首を振られてしまう。

「あの子の問題はあの子の問題じゃ。少なくとも彼女が遂行する限り、任務は命じる」
「だったら、もうしばらく俺が彼女についてはいけませんか」
「木の葉隠れは、立て直りはじめておる。お前が暗躍しているという事実は里の復興にとって良くない、マイナスイメージだと御意見番はずいぶん前に判断しておった。わしもお前はそろそろ背負った荷物をもっと軽い、若葉に変えるべきと、そう思う」
「下忍の担当上忍ということですか」

里の一番暗くて重い荷物を下ろして、今度はアカデミーを卒業したての下忍を育てろ、か。

「そうじゃ」
「…それが、三代目の命であれば、御意」

三代目は俺の言葉を聞いて深く頷いた。話は終わりだ。頭を下げて、火影室を出る。廊下の窓から外を見れば、木の葉に多い灰色がかった茶色の鳥が飛び立ったところだった。アカデミーの校庭で、組み手の練習をしている子供たちの姿が見えた。