君と僕の夕暮れ

人手不足を理由にカカシさんとツーマンセルで遂行した任務を終え、五代目に報告をしようと火影塔の廊下を歩いていると、アスマさんが向かいから歩いてきた。わざとらしく嫌そうな声を上げたカカシさんは、本気で会いたくなかったのならずっと前に気配を感じた時点で瞬身しているだろう。この二人、仲が良い。アスマさんはカカシさんに用事があるようで、借りていいか?と問うてきた。断る理由はないわけで、もちろん、と答えると不満げな声を上げたカカシさん。

「ジュリもそう言ってるんだし、いいだろ」
「疲れてるから、とっとと報告して帰りたいんだけど」
「そんなぴんぴんな身体でよく言うな」

今回の任務は機密文書の運搬でランクは高く、いつ敵に狙われてもおかしくないような任務だった。けれど運よく戦闘せざるを得ない状況に陥ることがなかった。おかげでアスマさんの言う通り、肉体的疲労はほとんどないし、これと言って怪我もない。二日間野営したので、ほんの少し草と土の匂いが付いてしまっただけだった。報告は私ひとりでできますから、ここで解散ということで、と後輩として気を使ってみる。そうすれば、カカシさんにじろりと視線を投げられた。

「お前はどうするの」
「…報告が終わったら帰りますよ」
「とっとと報告終わらせてね」
「ええ、そうします」

そう答えてアスマさんと一緒に歩いていくカカシさんの後ろ姿を見送る。なんだかんだ言ってやっぱり仲良さそうにしている。カカシさんに言われた通り、早く五代目に報告しようと廊下を進んで階段を上る。

「おお!」
「あ、コテツさん。お久しぶりです」
「久しぶりだな、これから何かあんの?」
「五代目の所へ任務報告を」
「じゃあ、その前にちょっと手伝え」

そう言われるが早いか、コテツさんに連れられてたどり着いたのは、コテツさんやイズモさんと一緒に仕事をしていた書類が山のように積まれた部屋だった。

「コテツ遅い…って、ジュリ?久しぶり。何で?」
「助っ人だよ。助っ人」

部屋に入った瞬間に目に入った書類の量で、この二人がどれほどの仕事をやらされているかは察した。私も前はここにいたし、五代目の人使いの荒さは身をもって知っている。

「え、私助っ人なんですか」

冗談でしょうと、明るい声で聞いてみれば二人は真顔で頷いた。本気らしい二人を前に断ることができず、今日だけですよ、と言って椅子に座る。

テーブルに広げた書類の山のなかから優先順位の高いものを教えてもらって目を通していく。砂隠れからの密書や各国からの巻物、諜報任務で入手した情報。重要度を振り分けて、五代目の元へ洩れなく届けるのが仕事だが、実際は書類仕事が嫌いな五代目にきちんと目を通させて、必要であれば筆を持たせるまでが仕事だった。戦闘の最前線立つ任務とは違い、すぐさま命に関わるものではない。けれど各国への返信が滞ったり精査した情報に誤りがあれば、国家間の問題に発展してしまう可能性がある。

「うまい飯でも食いてえな」

八割ほど終わった時、コテツさんが呟いた。私もここ二日まともな食事をしていなかったので、それに頷きながら次の書類に手を伸ばそうと視線を上げれば、コテツさんとイズモさんがこちらを見ていた。

「何ですか」
「そう言えば、ジュリ弁当買いに行って帰ってこなかったよな」

ああ、そう言えばそんなこともあったなと思い出す。

「新米なのにバックレはよくねえよ」
「罰として、今晩焼肉奢りな」
「え、新米の私が奢るんですか」
「こんだけ仕事ができりゃもう一人前」
「そうと決まれば、とっとと終わらせて火影様に提出するぞ」

どう断ろうかと考えあぐねて窓に視線を投げれば、日が傾き始めていた。任務を終えてここに来た時はまだ太陽が高い位置にあった。本来ならとっくに五代目への報告を済ませて帰っているはずなのに。こんなにも長くなるのは誤算だ。

「あれ、どうしたんすか」

イズモさんの声につられて窓から目を離せば、部屋の入り口にカカシさん。

「いやね、サクラから火影様の伝言もらって。任務報告まだかって」
「そうなんすか。でも、火影様はここにいませんよ」
「うん、そうみたいだね」
「カカシさんともあろう人が、うっかりですか」
「うっかりていうか、その報告ジュリに任せたんだよね」

そこで初めて三人が私を見た。

「お前自分で言ったよね。報告は自分ひとりでできるって」
「いや、でも。イズモさんもコテツさんこんなに仕事あるみたいで」

腕を広げて書類の山を示す。するとカカシさんは困ったように頭を掻いて、あのね、お前が持ってるの極秘書類なわけ、火影に届けるまでが任務でしょ、と言ってため息をついた。もっともな指摘に萎れてしまう。

「え!極秘書類って、お前が言ってた任務報告って機密文書運搬?」
「てことはS級だろ。ちょ、ジュリって上忍?」

イズモさんとコテツさんが、驚いた顔で聞いてくる。大したことじゃないですと言って笑えば、カカシさんにその謙虚さは間違ってるからと言われてしまう。

「そういうわけだから、ジュリを返してもらってもいいかな」

愛想はいいけれど、有無を言わせない雰囲気のカカシさんに私も二人もたじろいでしまう。カカシさんが急かす様に手招きをするので、中途半端になってしまった書類を申し訳ないと思いつつ、急いでカカシさんの隣まで行く。

「じゃあ二人とも頑張ってね」
「最後までお手伝いできなくて、すいません」

どうしてか未だに驚いた顔をしているイズモさんとコテツさんに頭を下げる。倒した頭を起こしたその時、自分とは違う匂いが鼻をくすぐった。

「分かる?お前が遅いから、先シャワー浴びちゃったよ」

カカシさんは、一度部屋に帰って任務のときについた土臭さを洗い流したらしい。人よりも嗅覚の優れているカカシさん相手に無意味だと思いつつ、自分に染み着いた匂いが気になって距離を取る。そうしていると、え!とまたもやコテツさんが声を上げた。驚いてコテツさんを見れば、先ほど以上に驚いた顔をしていた。それがどういう事か分からずにいると、隣でカカシさんが口を開いた。

「とういう訳だから、二人ともジュリとは焼肉行けないよ」

それだけ言うと、カカシさんは踵を返した。状況についていけないまま、二人にもう一度頭を下げてカカシさんを追いかける。

「なんでお二人あんなに驚いてたんですか」
「どうしてだろうねえ?」
「それに焼肉だって、」
「焼肉食いたかったの?」
「とういうか、お腹がぺこぺこで」

お腹をさすって見せる。

「ちなみに、夕飯もう作ってあるから」
「本当ですか?」
「だってお前遅すぎるんだもん」
「いや、すいません。ありがとうございます」
「だから、とっとと報告して帰ろ」
「はい!」

夜ご飯が出来上がっていることが嬉しくてつい笑顔になる。けれど、五代目に報告しに行くとこれでもかというくらい怒られてしまい、気分が萎れた。





コテツとイズモを驚かしたかっただけ。だって彼らあれだけカッコいいのに、中忍なんですもん。
機密文書?S級…。え、あいつ上忍なの?ええ?ってなりつつ、「先シャワー」って後には何があるの?と内心もんもん。焼肉行けないって…。あ、そういうことなのか?と思っていると、去っていく二人の会話。「夕食作ってあるから」って、まじかよ、みたいな二重の驚き。