それでも世界は終わらなかった

ぼんやりと、しかし確実に意識が浮上する。ひどく身体が怠いのを感じながら、起き上がれば三忍の紅一点とガイがベッドサイドにいた。重たい頭に一番に浮かんだのは、静かに川に沈んでいったジュリの姿。聞きたいことが山ほどあった。彼女のことも、暁のことも、ナルトのことも。しかし俺が口を開くより先に、好きに話した二人はあっという間に俺の部屋から出て行ってしまった。驚くこともままならないうちに、今度は、お決まりのアスマと紅の組み合わせがやってきた。

「おお、やっと目覚めたか」
「ナルトが綱手様を連れ帰ってくれて良かったわね」
「…うん、とりあえず順を追って話して?」

ベッドの横に腰掛けた二人によると、あの川での戦いで俺とジュリは昏睡状態に陥ったらしい。しかも数日と言わず。その間にあったことをざっと話してもらう。そこでやっと、綱手様が木ノ葉の里の五代目火影として戻って来たことが分かる。

「それにしてもジュリって子、とんでもないわね」
「チャクラが満足に練れない身体で、無理やり敵に突っ込むなんて肝据わりすぎだっつーの」
「あの子に熱上げるのも分かるわ」
「お前が惚れるのも頷けるよ」

俺が病み上がりであまり話す気がないのをいいことに、好きなように茶化される。しかし、彼女が生きてることが分かってそれ以外はどうでもよかった。暁の二人、あのうちはイタチとビンゴブックに載っている干柿鬼鮫の前に、あの状態で出て来た彼女は、あのとき確実に死ぬ気だった。そこまでして、俺達を助けようとした彼女。無理にチャクラを練ってまで加勢した彼女。

「ほんと、良い女でしょ」

にやにやと質の悪い笑みの二人に言ってやる。アスマと紅の呆気にとられた顔は見ていて楽しいものがあったが、それよりも彼女の所在が気になった。俺は意識が戻ってからこれを聞きたかったのだ。



病院にいると言われ、気だるさをごまかしながらリノリウムの床を歩いた。肝心の部屋番号を聞いていなかったため、各階を回って病室の札を確認するはめになる。以前にも経験がある。まさかと思いながら、五階まで上がる。そして数か月前通っていた病室の前で足を止める。今回はここだろうなという予想ではなく、部屋の入り口に水木ジュリという札があり、間違いなかった。それにしても同じ部屋なんて、狐につままれている気分だ。

「え、カカシさん。何してるんですか」

ドアを開ければ、いつか聞いたことのある台詞が聞こえた。寝間着を着てベッドに収まるジュリの姿が目に入る。これがデジャブというやつか。はたまた夢か幻術か。

「綱手様にさっき覚醒させてもらったばかりなんですよね?病み上がりで出歩くのは良くないですよ」

どうやら違うらしい。目の前の彼女は軽快に言葉を紡ぐが、その声は落ち着きのある彼女らしい声だった。

「…生きてるのね」
「ご覧の通り」

安心して、気づいたら俺までいつだったか彼女に言った言葉をそっくりそのまま言っていた。こうも酷似した状況に置かれるのも珍しい。それに彼女も気が付いたらしく、ゆったりとした笑い声を漏らした。

「なんだ。病み上がりがいっぱしに見舞いかい?」

脇を小突かれて脇に避けると、さっきぶりの綱手様が現れた。吐かれた言葉に苦笑していると一瞥される。それから綱手様は彼女のベッドまで歩み寄り、調子を尋ねた。

「おかげさまで」
「頭痛や耳鳴りは?」
「ありません」
「じゃあ、今日づけでお前には里の忍として復職してもらう」
「でも私、掛けられた禁術のせいでチャクラが練れません」

戸惑った彼女に向かい、綱手様が盛大にため息をついた。

「私を誰だと思ってる?そんな術、あんたが眠ってる間に解いてるよ」
「…そうなんですか」
「分かったら、今すぐ退院手続きして任務につけ」
「でも、」

そう言って異と唱えたのは俺だった。彼女は数か月、術に掛かっていて。なおかつイタチの術で昏睡状態だったというのに今すぐ任務をさせるのは酷過ぎる。それに彼女が所属している暗部に回ってくるのもは総じて難易度が高い。もう少し彼女に時間をやった方がいいのではないかと言う俺の意見に、綱手様は眉を顰めた。

「…2日だ」
「え?」
「2日間復帰するまでに時間をやる」
「ありがとうございます」
「その代わり、ジュリの修行にお前が付き合えよ、カカシ」

話は終わりだというように、綱手様は踵を鳴らして病室を出ようとした。俺がベッドのジュリを見やれば、彼女も俺を見ていた。二日間。それが過ぎれば彼女は暗部に戻り、俺は通常の上忍として働くことになる。そうしたらまた会わなくなる日が続く。それから、と病室のドアの前まで来て綱手様が言った。

「ベストは復帰までに使いに届けさせる。カカシとツーマンセル組ませることもあるだろうから、」

ちゃんと連携整えとけ、と俺達に質問させる暇もなく去って行った。

「…そういうことですか」
「そういうことだろうね」

どうやらジュリは暗部ではなく通常の上忍として復帰するらしい。ベッドの傍に椅子を寄せて、彼女を近くで見る。変わりなく長い睫に形の良い唇。変わったのは、彼女の表情と声色。

「何で泣きそうなの」
「分かりません。でも、またカカシさんと働けると思ったら、勝手に涙が」
「それ嬉しいんじゃないの」
「きっと、そうなんでしょうね」

なんだかまたいつかの場面を繰り返している気分になった。お互いに可笑しさに気づいてまた笑ってしまう。細くなった彼女の目から一粒零れたと思うと、次から次へと涙が流れた。もっとひどい彼女の泣き顔をすでに見ているというのに、彼女は恥ずかしそうに手で顔を隠そうとした。それがなんとも愛らしくて、椅子から立ち上がり、彼女の抱きしめてしまう。

「…泣くときはいつもあなたの胸を借りてる気がします」
「これからも必要なときは貸すよ」
「お言葉に甘えます」
「でも、お前意外に泣き虫だから毎日とかになりそう」
「そんなことないです…!今日はたまたま嬉しすぎて」
「通常の上忍になるのがそんなに嬉しいの」
「…そうじゃなくて」

なかなか続きを言わない彼女を胸から離し、白状しろと視線で圧力を掛ける。すると彼女は涙を無理やり止めて勝気な表情を浮かべた。

「だって、これからは生きて里やここで暮らす人達を守ることができる。それに忍として、あなたを、すぐそばで守れる」

あなたは私の大切な仲間で、認めて信じて愛する人なんですよ。そう言って彼女は柔らかく笑った。