あの子の涙は星になって夜の空を彩る

三代目が死んだ。木ノ葉の里の火影として、大切な者を守る忍として、命を掛けた。死はいつだって応える。けれど、俺達はしたばかり向いていられない。三代目が守ってきたこの里を、残された俺達が守っていかねければいけない。ここは俺の大切な里で、大切な仲間がいる場所だ。

「葬儀、来なかったね」

雨のなか行われた三代目の葬儀で見つけられなかった姿が、夜になって火影塔の屋上にあった。昼間と違い、雨は止み、人気はなく、三代目の遺影も献花台もなくなっていた。静寂のなか、俺と彼女がふたりぼっちで佇んでいた。高台で会ったぶりだった。彼女の背中を見ることが多いなと思う。近づこうとして、数歩で足を止めた。もう彼女のその華奢な背を見すぎていて、彼女がどんな顔なのか分かるようになってしまっていた。


―――私が、悪意を持ってふたりを死なせたんですよ―――
そう言った彼女は、今まで誰も知らない、彼女の家族が死んだ日の話をした。
母だけは即死でした。姉はまず母の心臓をクナイで一突きして、それから父とやり合ったんです。私は怖くて自分のことで精いっぱいでふたりを止めることすら考えつきませんでした。父が姉のクナイを胸で受けて倒れた後、姉は私に向かってきました。母も死んでいて、父も死んだと思い込んでいた私は、次は私だって思いながら必死で姉の攻撃を避けました。そしたらいつの間にか、私のクナイが姉の胸に刺さってて。倒れた姉は息こそ上がってましたけど、刺さったクナイは浅かったんです。助けなきゃって思ってると、姉が私に言うんです。
『あんたなんかいなければ良かった。あんたがいたせいで私はいつもお父さんになじられてきた。あんたのことなんて一度も妹として思ったことがない。私は立派な忍になりたかったのに、あんたは邪魔ばかりする』って。心臓が止まるかと思いました。大好きで目標にしていた姉がそんな風に私を思っていたなんて。その言葉を聞いて私は込み上げてくる感情のままに、姉に刺さっていたクナイを握って、さらに胸の奥へと差し込んだんです。
自分のしてしまったことに怖くなって、姉から離れて父と母に駆け寄ると、父はまだ生きていて浅い呼吸をしてました。血まみれで泣いている私に向かって言うです。人を殺して、感情も殺せて一人前の忍なんだぞって。死んだ姉の事なんて気にする素振りも見せないんですよ。もう姉のことも、父の考えも分からなくなって。父の傷は深かったけど、止血していれば助かっていたはずでした。
私はそれを分かってて、何もしなかったんですよ。分かります?私は愛していた姉を一瞬のうちに湧き上がった憎しみで殺して、父までも見殺しにしたんです。だから私はあの日から姉の代わりに忍であり続けているんです。愛憎なんて捨てて、ただ道具として生きていたかった。同時にどうしようもない虚無感でいっぱいでいっそあのとき死んでいればよかったって思うんです。それで結局、いまの私は忍でもなくて。私は死にぞこないの空っぽな存在なんです。

全て聞いて、なんだ、と思った。彼女は生きたいんだと理解した。だって彼女は生きている。それが答えじゃないか。あまりにも簡単で、あまりにも安心して、口元が緩んだ。

「お前は生きたいんだね」

そう言えば、彼女は驚いたような困惑の表情を浮かべて、それから目を瞑った。彼女は俺の手を解こうとした。それに抵抗するつもりはなかった。だってもう彼女は大丈夫だと分かったから。去り際に、彼女の目がしらに溜まったそれが月明かりで光るのを見た。



「私みたいな人間が参列していいのか分からなかったんです。私には人の死を悼むような気持ちないんです」
「…それでも、こうして、いまここにいるじゃない。それって悲しいんじゃないの」
「分かりません。でも涙が止まらないんですよ」

困りました、と笑いながら俺を振り返った。彼女の目からは確かに涙が溢れていた。高台のときとは違い、零れたそれは頬を濡らしていた。はらはらと流れる雫が、彼女の疲れたように笑う表情を飾っていた。それを見て俺は、綺麗だと思ってしまう。場違いにもほどがある。

「とっくに感情なんて捨てたはずなのに、どうしてでしょうね」
「…悲しいんだよ。お前は自分で思ってるほど愛憎を殺せていないんじゃないの」
「そうなんでしょうか。…でもそうなんでしょうね。私、最後に三代目に会ったのここなんです。ちょうど授業中だったアカデミー生に大切な人だけはどんな生き方でも守れって指導していていて、私がそうできないのを知っていて忍として生きさせたくせにって思ったんです」

俺が彼女の近くまで歩み寄るのを、彼女は黙って見ていた。涙で濡れた双眼は、真っ直ぐに俺に向いていた。風が吹き彼女の髪が靡いて濡れた頬に張り付くのを、そっと手を伸ばし押さそのまま耳に掛ける。そうしている間も俺も彼女も互いに視線を向けていた。彼女は俺の動作に静かに笑い、目を細めた。それを見て、やっと彼女と向き合えたと実感する。面を付けていたときのダダ漏れのようなき強烈な感情でもなく、大したことないと言いたげな明るい子供っぽい高い声でもなく、これが彼女なのだと思った。水面を春の風が渡りゆっくりと広がっていく波紋のように、じんわりと満ちていく彼女の表情。落ち着きのある彼女の声色。

「皮肉ですよね。三代目はずっと私を気にかけてきて私はずっとそれを無視していたのに。感情を捨てきれていないって分かったその怒りは他の誰でもない三代目に向けたもので。この感情をぶつけて、どうして私に忍として生かせたのか聞きたいのにもう三代目はいないなんて」
「三代目言ってたよ。お前の生きる道として忍しか示せなかったことが最大の後悔だって」
「…なんですかそれ。私にはそんなこと一度も、」

彼女が咽ぶのが耳の横に添えていた手から伝わってくる。しゃくりあげているのに、彼女は目を瞑り器用に零れる声を殺し堪えるように泣いた。もう一人で苦しまなくていいのだと言ってやりたい。人前で泣くのを我慢することもない。考えるよりも先に、俺は彼女を抱き寄せていた。一瞬身を固くした彼女の頭をそっと撫でて俺の胸に傾かせる。堪え泣きを続ける彼女の頭をもう何度か撫でると、次第に彼女は堰を切ったように、声と上げて泣いた。震える背中をさする。9年間忍として生きてきたその背は引き締まっていて柔くはないが、小さくて薄い。背骨の感触が薄い喪服の布越しにした。華奢で頼りなさげだった。

「なんで、死んじゃうんですか…。私、三代目に腹が立ってて言いたいことも聞きたいこともあるのに。それに…、三代目があの日私が忍でいることを止めなかったおかげで、いまも生きててこれからも生きたいって思えたのに。だから、後悔なんてしないでって言いたいのに」
「うん」
「なのに、死んでしまったら何もできないじゃないですか」
「そうだね」
「…父にも、姉にも聞きたいことがあるのに。それに、ごめんなさいって伝えたいのに。私が殺して、二人は死んでしまって、…もう何もしてやれないじゃないですか」

人は死んでしまったらそれまでだ。残された俺達はそれに囚われ苦しみ嘆きそれから向き合っていかなければいけない。

「人が死んでしまうのは悲しいけど、後悔も生まれるけど。大切なのは、俺達が生きてるってことだよ。俺達は生きてて、これからも生きてく。死んだ者に囚われるんじゃなくて、記憶に留めて。死んだ者がいた所で立ち止まり続けるんじゃなくて、今いる場所でちゃんと歩き続けなきゃいけないんだよ」

ね、今のお前なら分かるでしょ、と俺の胸にいるジュリに問いかける。胸に置いていた頭をわずかに離し、彼女は下から俺を見上げた。泣き疲れて眉を寄せて頬は涙で濡れていたが、それでもゆったりと朗らかな表情を浮かべていた。

「そう、ですね」

彼女らしい落ち着いた声だった。微笑みを浮かべる彼女の濡れた瞳には空に浮かんだ星が映りこんでいた。