有り合わせの口唇

部下が不在のため、任務のおあずけを食らう。暇だ。上忍待機所のこもった空気にも飽きてしまった。場所を移そうという話になって、例により馴染みの茶屋へと流れた俺と、紅と、アスマ。アスマがいれば紅もいるし、紅がいればアスマもいる。ほんと仲良くやってるな、と向かいに座ると二人を見て思う。団子が来るのを待つ間、アスマの手には煙草が挟まっている。ここでも吸うのか。アスマの煙草のせいで待機所の空気が悪くなったからわざわざここに場所を移したのに、意味がない。

「そういえば、お前最近病院に出入りしてるんだって?」

ふーっと長い息で紫煙を吐き出して、何を言うかと思えばこれ。

「…ちょっと、知り合いの見舞いにね」
「へえ、あんたが人の見舞いねえ」

紅が心底驚いたという顔をした。心外だ。俺をどんな人間だと思っているのだろう。

「俺だって、そのくらいのことするよ」
「見舞いの相手、女だな」
「…まあ、女かな」

素顔の彼女を浮かべる。一番に浮かぶのはあの「大人びた」表情。つまり大人になりきれない子供の、悟ったような顔。女の子と呼ぶにはあどけなさが足りないけれど、女と呼ぶには幼さが残る微妙な顔。そんなことを考えながらアスマの質問に答えれば、そういうこと、と紅が合点がいったというような表情になった。どうして、女って生き物はこうも男と女を勘ぐろうとするのだろうか。サクラしかり、だ。

「言っとくと、暗部時代の部下だったやつなだけだからね」

事の成り行きを簡単に話す。暗部時代一緒の隊だったこと。俺が通常の上忍になってから三年間会っていないこと。そして最近、たまたま術に掛けられた状態の彼女に再会して里に運んだこと。

「で、気になっちゃったわけだ」
「そりゃあ、気になるでしょ。自分が助けたやつの容体くらい」
「わざわざ極秘扱いの入院探し出しちゃうくらいに?」

にやりとする二人。言い逃れもできそうにないので、そうだね、と返す。だって、気になっていないと言えば嘘になる。彼女のことはいつだって、気にしていた。三年前からずっと。俺の雷切に突っ込んできたあの日からずっとだ。そうじゃなければ、彼女との最後の任務の後、彼女を正規上忍にするように頼んだりしないし、暗部だから極秘扱いの入院を探し出したりしないし、彼女について知ろうと三代目に訊ねたりしない。

「で、その彼女はどのくらい悪いの」
「悪いどころじゃないのよ」
「あ?」
「忍やめるしかないみたいなんだよね」

そこで、二人が一瞬息を止めたのが分かった。俺の言葉の意味を、紅もアスマもどういうことか分かっている。

「それ、本人はどう受け止めてるの」
「さあ?そもそもこれ、本人から聞いたわけじゃないし」

三代目に彼女に掛けられた術の話を聞いてから一度も病室を訪ねていなかった。否、訪ねられないでいた。三年前、殺してあげると言った俺。再会して、死ねなかったねと笑った俺。俺は何も知らないで、いつも彼女の何かを知ったつもりでいた。我ながら呆れるくらい愚かだな、と思う。死にたいと願う彼女に何も知らないで殺すと言い、生きていることを軽い気持ちで皮肉った。言ってしまったことは取り戻せない。俺がいま忍としての道が閉ざされた彼女に俺はどんな言葉を掛けるべきか分からなくなっていた。

「まあ、カカシも人の子ってことね」
「だな」

紅の唐突な発言に同意するアスマに眉を顰めればそのタイミングで団子が運ばれてきた。

「どういう意味」
「あんたにも、やあーっと守るべき存在ができたってことよ」
「は?」
「だから!大切な存在よ」
「…、そんなの昔からこの里の人達は大切な存在だけど?」

そうでなきゃ、忍なんてやってられないでしょ。

「違うわよ。男としてよ」

結局そういう話に戻るのか。げんなりとした視線を送ってやる。それをなんでもないよう受け流した紅は、団子に手を伸ばした。よくもまあそんな甘い物を食べれるものだと思う。まだ知り合って日の浅いころ、紅にそう言うと、女なんてみんなそんなもんよ、と言っていたっけ。じゃあ、ジュリも甘い物は好きかな。どうだろう。ほら、俺はやっぱり何も知らないのだ。

―――愛する人を失う辛さも、人を恨む気持ちも知ってるよ。家族を殺された人の気持ちも、家族を殺す人の気持ちも全部知ってる―――

サスケに言った彼女の言葉がずっと心に引っかかっている。それが何かは分からない。だって、俺は何も知らない。この言葉に含まれた彼女の過去はどれほどのものだったのだろうか。きっと今までと同じで俺は分かった気で何も分かっていないのだから、どれだけ計ったところで知る由もない。

「お前が女に熱上げるなんてな」
「熱なんて上げてないよ」
「どれだけの女なのか気になるわね」
「…あんたら、聞いちゃいないでしょ」

ダメだ、と二人から視線をそらす。ちょうど店の暖簾をくぐって中に入ってくる人がいてなんとなくそちらを見やる。

「あ、」
「どーも」
「こんなところで、お会いするなんて…」

ジュリの本名を「うっかり」俺に教えてくれた看護師がいた。俺を見てすぐ気まずそうにするあたり、先日の失態を気にしているのだろう。恐らく無意識のうちに口から出ていた棘のある言葉に続けて、彼女は慌てて任務終わりですか、お疲れ様です、と付け加えた。この人は何かと失敗の多い人なんだろうなと勝手に想像する。ここ数日は任務がないことを話すと、彼女は驚いたような表情になった。

「お見舞いにいらっしゃらなくなったので、お忙しいのかと思ってました」
「いえいえ、そんなことは」
「じゃあ、水木さんにきちんと診察に来るように伝えておいてください」
「診察、ですか」
「ええ。水木さん退院してから一度も診せに来てませんよ」

退院と言う言葉を聞いてわずかに目を見開いた。それに気が付いた看護師はまたしてもしまったという顔をした。それはそうだろう。彼女はまたもや、患者の、しかも極秘扱いの患者の個人情報を漏らしてしまったのだから。まあこの人の口の緩さは俺にとってはありがたい限りだった。私てっきりあなたと水木さんがお付き合いされていると思って言っても大丈夫かなって、と取り繕うように付け加えた。その言葉で今まで黙っていたアスマが、ほらみろ、と声を上げたが今は構っている暇はない。

「彼女、いつ退院されたんです」
「それは、患者様の個人じょ…」
「いつですか」
「い、一週間前です」

なるほど、嫌な予感がする。