それでいい


なまえだけは違った。あいつは俺を化け物扱いしなかった。あいつは俺と同じ目をしていた。俺だけじゃないと思わせてくれた。それだけでよかった。それだけで、よかったはずだった。

こどものころ、ふたりで追いかけっこをした。いつもなまえが逃げて、俺が追いかけた。なまえを捕まえるのは簡単だったが、すぐに捕まえるとなまえはつまらないと怒るから、俺はわざと足を緩め腕を伸ばしきらなかった。何度か繰り返して、最後にやっとだと捕まえる。手加減してたでしょ?と不機嫌のなまえに、そんなわけないと俺は嘘を言った。なまえが信じるよと笑ってくれるから、それでよかった。

なまえが俺の知らない男と話していた。俺と同じ目をしたなまえの目が知らないやつに向けられていた。ふらりと、戻って来たなまえの目を見て、俺は手を上げた。なまえはそのまま地面に倒れた。そんなつもりじゃなかった。俺は自分の力がよく分かっていないだけだ。やったことはとりけせない。一度だけの間違いだった、と膝をつく。頬を押さえたなまえが俺の目を見た。それでよかった。

なまえの目を見て感じたのは、いとしさだった。自分にしか向けてこなかった愛が他人に向いた。なまえが好きだ。愛している。俺と同じ目のなまえを見て、自分以外の誰かをいとおしいと思った。見つめれば、見つめ返してきた。しかし、俺と同じ目で俺とは違う人間のなまえが誰なのかわからなくなった。見つめれば俺と同じ憎しみを返してくるなまえに手を上げた。いとおしい存在を見るたび、憎しみに支配され、傷つけた。なまえも俺の目に同じものを見た。お互いに愛し、憎み、傷つけた。同じことを繰り返して、次は手を上げないと嘘を言った。次が来る前に、彼女は逃げた。追いかけるのはいつも俺だった。すぐには追いかけなかった。最後には俺が捕まえるから、どうでもよかった。

俺となまえは同じだからよく分かる。お互いに対して罵った言葉もしてきた事も、いまさらどうしようもない。同じ目に向けた愛のぶんだけ憎しみが満ちただけだ。憎しみと同じだけなまえを愛している。同じぶんだけ愛して、同じぶんだけ憎んだから、こんなことになった。聞こえほど、おかしくはない。先に手を上げたのは俺だ。すまないと思う。追いかけっこは終わりだ。なまえを捕まえるのは俺だ。連れ戻して、二度と同じことはしないと約束する。

「信じるよ、我愛羅」

なまえはそう言って、笑ってくれる。その目は嘘だ、と言っている。俺も嘘をついたとわかっている。二度目が来る前に、なまえの足を折る。もう追いかけっこはしない。なまえがとなりにいれば、それだけでいい。