違和感



不意に意識が覚醒した。鈍い頭痛とアルコール特有の身体の怠さを感じた。目を開くと、寝ているのが彼の家の寝室だということに気がつく。

動かない頭で記憶を辿った。昨日はアンコさんと飲んだ。お店を梯子し、言葉通り朝まで居酒屋にいたことを思い出した。それから、お店を出ると、足元が覚束ないアンコさんはお店に行くと言い出した。朝早くひどく空いている電車でお店に向かいアンコさんを寝かした。私もたくさん飲んでいて、寝てしまいたかった。しかし、私はシフトを代わってもらっている身なので、この状態でオープンの人と会うのは忍びなかった。ほとんど意識のないアンコさんに声を掛けてお店を出た。

視界のなかに携帯があり、手に取り時間を確かめた。お昼を過ぎたころだった。そのまま、アンコさんに安否確認のメッセージを送った。シンプルな着信音と一緒にすぐ返事があった。ボックスを開けば、謝罪の内容だった。あれだけ強引にお酒を飲ませていた人が、しかもアンコさんが、こんなに丁寧に謝るのはなんだか可笑しかった。無意識のうちに口から声が漏れた。

「なあに、笑ってんの?」

驚いてベッドの反対側を見れば、一人だと思っていたそこに彼がいた。

「…おはようございます」

頻繁にこの家のこのベッドで寝ていたが、彼とは生活のリズムがずれていたので、こうして同じベッドに彼と何もせずにいることなんて、まったく考えていなかった。びくっと肩が上がったのをごまかすように、挨拶をすれば、彼独特のゆったりとした口調で「もう昼だけどね」と笑って返された。

「で、なんで笑ったの?」
「ちょっと、知り合いからのメールが可笑しかっただけです」
「知り合い?俺も知ってる人?」

そんなわけないと分かっていてのこの質問。私は黙って、首を振った。

「それにしてもさ、まさか朝イチでお前がうちに来るなんて思っても見なかったから驚いた」

「しかも完全に酔っぱらった状態で」と面白そうに話す彼は、ベッドに私たち二人がただ横になっているこの状況に、違和感を感じていないようだった。

「ヤケ酒?」
「違います」

違うはずだった。アンコさんは、数年来の知り合いで、私もことを気にかけてくれる人。いつだってアンコさんは、いい人。「ちょっと飲みすぎただけです。それに寝不足だったんで余計お酒が回ったんです」と、わざと責めるように彼に言う。すると彼は、ベッドの上で私たちの空いていた距離を詰めるように、身をよじった。いまだに寝たままの私を上から覗き込むように、彼は枕に肘を当てて頭を支えた。

彼の視線に違和感を感じた。いつもとは違う。彼のその目から逃れるように目をそらした。そういえば、昨日もそうだった。アンコさんが彼とのことや、それから他のことを聞いてきたときも、私は彼女のまっすぐな視線から逃げた。話すことはないというように微笑んで、勧められるがままお酒を一口、二口と飲んだ。

「俺、今日は仕事だから」

そういって彼は私の髪に指を通した。なにも返さないでいる私に、「せっかく朝から来るなら、昨日にしてほしかったな。おかげで俺、昨日はずっとまちぼうけくらっちゃった」と漏らす彼。ああ、もしかしたらあの日の彼の発言は本気だったのかもしれないと、ぼんやりと思った。

「さて、そろそろ起きるか」

独り言のようにつぶやいた彼は、ベッドから抜け出した。そんな様子を枕に頭を預けたまま見ていると、立ち上がってこちらに向き直った彼と目が合った。彼は、目を細めて笑いながら私に手を差し出した。何か悪いことが起こりそうで、私はその手に疑わしげな視線を向ける。

「なんですか」
「お前も起きなよ」

彼の考えが見えなかった。手を取れば、それを後悔するようなことが起こるような気がした。応えないでいると、彼は「取って食うようなことしないよ」と続けた。

「私も起きなきゃいけないんですか」

目は覚めていたが、気だるさが身体に残っていて、起きる気になれなかった。それでも、いつだって彼は勝手で、私に構ったことがないので、敵うはずがなかった。ベッドに乗り上げた彼は、私の腕を力強く引き上げて、フローリングの床に立たせられた。

「自分で立てますから」

いつまでも手を離さない彼にそういえば解放され、それから「いい子」と小さい子供をほめるように頭を撫でられる。カーテンの隙間からは澄んだ青の空が見えた。こんな昼間に彼と一緒にいることに、違和感を感じていた。頭に乗った彼の手の暖かさにも違和感を感じていた。それでも、心地良さを心の隅で感じていることは否定できなかった。