日はまた昇る



深い深い世界から一瞬で引き上げられるような感覚で目が覚めた。むき出しの肌にシーツが触れた。時計を見れば5時を少し過ぎたころだった。そこで、ほんの数時間前さんざんソファーでもてあそばれたあと、彼にベッドに連れてこられたことを思い出した。

重たい頭と気だるい身体を無視して、ベッドから起き上がる。ベッドの下に落ちていたパイル素材のショートパンツを履いたとき、寝室に置かれている大きな鏡と目があった。思わず近寄る。うえは何も着ていない私についているキスマーク。日焼けをしていない部分の他より白いところに、赤い痕が散っていた。そんなこと昨日された覚えがない。いつの間に、と働かない頭で思い返しても、分からなかった。

着ていた紺のTシャツが見当たらず、落ちていた彼のを着て、リビングに出る。リビングでは、彼が起きてローテーブルの前でパソコンを打っていた。私が現れたことにさして驚いていない彼は、私が着ていた紺のTシャツを着ていた。私が勝手に借りていた大きかったそれは、持ち主の身体をちょうどのサイズ感で包んでいた。

「起きたの」
「なんですか、これ」

服の上から痕のついている場所を指さした。

「キスマーク?」
「こんなことするなんて、どうしたんですか」
「大したことじゃないでしょ、別に」
「…そうですね」

彼の言葉が心の表面をそっと撫でた。大したこと、じゃない。そう、大したことじゃない。こんな、すぐ消えてしまう痕なんて。けれど、こんなことをするのは「彼らしくない」とよくも知らない彼のことを思った。

会話は終わりだというように、彼はパソコンでの作業に戻ってしまった。私もバイトへ向かう準備をしなきゃいけないので、それ以上彼に話しかけなかった。

「もう行くの」
「はい」
「今日はうち来る?」

彼がいるこの部屋に慣れなくて、普段より少し早く出発しようと玄関で靴を履いていると、いつの間にか後ろに彼が立っていた。「分かりません」と返せば、「そう」と興味がないようなそっけない返事が返ってきた。

「ああ、今日も暑いみたいだよ」
「そうですか」
「なるべく日陰を歩いてね」

そんなことどうしていうんだろうと、首を少し傾げて振り返る。

「だって、せっかく綺麗な肌なんだから、それ以上焼けたらもったいないじゃないの」

振り返らなければよかった。だって、気づいてしまった。服の下の焼けていない場所を見透かすような彼の瞳。執着の視線。そういえば、この人も私の肌を気にっていたっけ。

心のざわめきを誤魔化すように、わざとヒールを鳴らして立ち上がった。玄関が閉まる直前、背中から「気をつけていってらっしゃい」という声が聞こえた。振り返らなかった。彼がどんな表情をしていたか、見たくなかった。彼に私がどんな表情をしていたか、見せたくなかった。