拒絶する声



「立ち聞きかよ、良い趣味してるな」

アスマさんは携帯灰皿に吸い殻を押し付けながら、最後の紫煙を吐いた。私はその行方を追う様にゆっくりと振り返った。彼がいた。私はいまどんな顔をしているのか。みっともないくらい情けない顔に違いない。そして彼は笑っていた。にこにこと。

「で、お前は元教え子に、生活指導?」
「…そんなんじゃねえよ」
「どうでもいいけどね、お前は趣味悪いよ。俺は心配してくれなんて頼んでないし、この子だってもう制服着てないんだよ」
「でもな、カカシ。こいつは―――」

彼はそれ以上言わせなかった。

カカシさんは気だるそうに歩いてアスマさんに近づいて、「お前には関係ないよ」と言った。それは笑顔に合わない、冷たい言葉だった。文字通り棒立ちの私に「はい、これ」とジャケットと鞄を手渡してきた。

「え、」
「もう時間なんだってさ。みんなもすぐ来るよ」

その言葉通り、すぐに黄色い声が聞こえてきてサークルのみんながぞろぞろと出てきた。幹事の子が、二次会のカラオケのお店に移動すると言う。「アスマさんやはたけさんはどうします?ジュリ先輩は来ますよね」と声を掛けられる。

「俺もアスマも帰るね。若くないから、夜にはしゃぐ体力ないんだ」

そうカカシさんが答えると、どっと笑い声が湧いた。

「先輩はー?」
「君たちの先輩は、飲み過ぎて気分が悪いからタクシーで俺たちと帰るよ」

答えたのはまたも彼だった。飲み過ぎたのは事実。ここからいち早く帰りたいのも本当。でも、アスマさんとも彼ともいたくない。ナルトと数人の子は幹事の子が声を張り上げるまで私を引っ張って連れていこうとした。もともとサークルに熱心じゃないのに、こうして誘ってくれる後輩は嬉しい。でも、もちろん行けるわけない。それは彼がいなくても同じ。「ごめんね」と謝った。それくらいしか言えることはなかった。

残ったのは三人だった。彼だけが、平然としていた。彼が、こうなるようにした。たぶん、彼はどうなるかも分かってる。私はと言えば、何をどうすればいいか分からなくて、自分のつま先を見続けた。アスマさんは、二本目を吸っていた。

「来た」

彼が見ている方向を見ると、確かにタクシーがこちらに来ていた。彼が手を上げて合図をすると、私たちの前で送迎のランプを点けたタクシーは止まった。彼が呼んだらしい。「お前助手席ね」と彼は言って車の扉を開けた。私は困ったようにアスマさんを見た。アスマさんは煙草を吸いきると携帯灰皿に押し付け頭を掻いた。苛立ってる。たぶんアスマさんもこの後どうなるか分かってない。アスマさんは、彼をひと睨みしてから降参したようなため息を吐いて後部座席に乗り込んだ。彼がそうならと私も助手席に座ろうとすると、後ろに引き戻された。驚いてふり見くと、彼が私の横に立って左腕を掴んでいた。彼は何でもないような顔をしていた。訳がわからない。

「ドライバーさん、ひとりだけでいいから。よろしく」

アスマさんや私に説明する代わりに、お札と助手席に置くとそう言った。タクシーの運転手は困ったように、彼と後ろに座るアスマさんを見た。暫く沈黙があった後、アスマさんは諦めたように座席に寄りかかり住所を言った。私たちを残して走り去る車を、私は見えなくなるまで見つめた。けれど、アスマさんは窓越しに振り返ることもなかった。残された私は見捨てられた気持ちになったけれど、そうじゃなかった。アスマさんはもともと私を救おうとはしていなかった。諦めたのは彼のことで、私じゃない。