ある男からの忠告



「でも本当、ジュリがいるとは意外」
「ナルトに捕まっちゃってね」
「それは逃げられない」

私が答えると、彼女は笑った。私も彼女も、たぶん他の人もナルトにはどうしてか抗えない。ナルトは人を引き付ける。それを私も彼女も分かっていた。

コーヒーを飲んだ後これでお開きだとタイミングを計っていると、呼び込み中のナルトに見つかってしまった。そこでラーメンを奢るのが反故になっていることを理由に、学祭の打ち上げに誘われてしまった、彼やアスマさんの前で。本当に今日は何もかもがうまく事が運ばないと思った。ナルトはOBのアスマさんを誘い、それから彼にも声を掛けた。そして今、居酒屋の座敷席を貸し切って五十人近くで飲んでいた。

飲み会が始まったころは何となく男女分かれて学年で固まっていたけれど、いつの間にかぐちゃぐちゃになっていた。雰囲気に飲まれないように端の席に避難した。学祭で食べたものがまだ胃にいた。ほとんど料理には手につけず、お酒を飲んだ。気が利く後輩がグラスが開くとすぐお酒を用意してくれて、アルコールだけが体内に入る。お酒に弱いわけではないけれど、悪い飲み方だった。それが分かってても、止まらない。彼の存在を誤魔化すために、一口また一口、お酒を飲み続けた。

「おい」
「アスマさん、どうしました?」
「煙草」

肩を叩いてきたアスマさんの手には、ライターと煙草が握られてた。灰皿を探してるのだと思い、近くにあったそれを差し出すと「違えよ」と言われてしまう。

「外。吸い行くぞ」
「私、ですか?」

眉を顰めながら、横に立っているアスマさんに「シカマル君とか…」と座敷に視線を投げ、喫煙者がいるでしょうと訴える。しかしアスマさんはそんな私を黙殺すると、向かいの彼女に「こいつ借りるな」と言って腕を引っ張った。彼女に視線で訴えるも、「どうぞ」と送り出されてしまう。本当に、今日はつくづく運がない。





外は、秋も終わりに近づいていて寒かった。ジャケットを羽織ってくれば良かったと後悔していると、アスマさんはガードレールに寄りかかって私を見た。煙草に火をつけて一度口を付けてから私に聞いた。

「で、どうなってんだ」

アスマさんのその質問に、顔が険しくなる。主語を欠いたのはわざとに違いない。何が、ととぼけることもできた。あるいは開き直ることだってできた。でも、どれも正解じゃない。彼の質問に正しく答える言葉が見当たらない。

「付き合ってんのか」
「…いいえ」
「でも、コーヒーの好み知ってるくらいの仲なんだな」

そこで、ああ、と思う。そうだ。アスマさんは気づくはずなかった、今日あの瞬間まで。彼はわざと「アイスコーヒー」とだけ答え、私はそれで了解した。春ぶりの、知り合いの知り合い程度の関係なら、砂糖についても聞くはずだった。彼がコーヒーを渡したとき、にこにこ笑っていたのはこれだったのかもしれない。

「お前が悪い奴じゃないのは、知ってる」

当時、よく「俺は教師って柄じゃねえ」と自分で言っていた。でもいまになって、教師のように振る舞っていた。柄じゃないのにそうするのは、それだけの理由があるんだとわかってる。だから、居心地が悪い。

「でもな、あいつは駄目だ」

アスマさんはそこで言葉を切って紫煙を吐いた。

「春に言ったよな、あいつと深く知り合うなって。あいつは、…カカシは良い奴過ぎる。他人の為に何だってする男なんだ。お前が何かしら問題を抱えてるのは、高校のときから何となく気が付いてる。いまもきっとそうだろうし、それがフツ―の大学生が持ってる以上の問題だって気もしてる。カカシとお前が具体的にどんな関係かは知らねえが、カカシがお前の問題を知ればアイツは自分の持ってるモン全部投げ出してでも、お前を助けるだろーよ。でも、それをして欲しくないだんだよ」

彼は良い人過ぎるらしい。私はそう思うほど彼を知らなかった。知っているのは、名前を呼べばいつだって答えてくれるということ。そんな彼に私は縋っていた。アスマさんは私を「悪い奴じゃない」と言った。暗に良い奴でもないと言っていた。でも、アスマさんは間違ってる。私は悪い奴だった。だって、最悪なのはいつだって私だった。

「…すいません」
「謝れってんじゃねえんだ。春んときも、今日もカカシは連れてきたのは俺だしな。ただ、あいつを巻き込んで欲しくない」

アスマさんのように心の底から心配する友人がいる彼と、私が正面から向き合えるわけない。私と彼の間に起こったこと。どんな答えも正解じゃないのは、初めから正解がないから。私達は間違いだった。それを分かっていたから、何も聞かなかった。曖昧な関係でいたかった。

「もう―――」

そんな関係が続かないのは明らかで。だから、私はあの日彼を待たなかった。今日会うことがなければ、あれっきりのはずだった。アスマさんに分かってほしかった。もう会う事はないですよ、そう言うつもりだった。なのに、背後からの声で遮られた。

「もう、遅いよ」