嘘つきたちのお茶会



「世間って狭いね」

大学四年の春。就職活動をしていたとき気にかけてくれたアスマさんと飲むことになっていた。時間に余裕を持って家を出たのだけれど、「わりい。先に飲んでる」と連絡が来たのは、電車の中だった。一人で飲むのだろうか。誰か他にもいるとは聞いてないけれど、もしかしたらシカマル君とかがいるのかも、なんて考えた。すると続いてアスマさんが先に入ったお店の場所がメールで来た。アスマさんは豪快なところがあるけれど、まさか一人で飲み始めることはないだろうな、と思う。

送られたお店に行くと、店員に案内される。半個室になっているその部屋の暖簾をくぐると、アスマさんと彼がいた。過去にたった一度、会話にもならない会話を交わしただけの彼がいて、驚いていると、彼は言った。世間って狭いね。






「よう、しっかり働いてるか?」

歩み寄ったアスマさんは片手を上げて私達に話しかけた。けれど私の視線はアスマさんのすぐ後ろに立つ彼に注がれた。

「シカマル。こいつ、連れ」
「そんな紹介の仕方ないでしょーよ」
「ジュリ、こいつのこと覚えてる?」

アスマさんが私を見て聞いてきた。覚えているに決まってる。最後に一緒だった日のことだって忘れられないし、あの日から今日までの1か月以上の間ふいに思い出すのは彼のことだった。考えたくなくて、考えてしまっていた。その本人を前に私はいま、なんて顔をしてるのか。居心地が悪いのを誤魔化すように薄手のタートルネックの首元を直して時間を稼いだ。なんて言ったらいいのか分からない。うちにある感情を誤魔化すのに必死になっていると、先に口を開いたのは彼の方だった。

「もしかして、忘れてる?寂しいなあ」
「…覚えて、ますよ。はたけさんですよね?」
「うん、覚えててくれて良かった。ジュリちゃん」

そう言って私たちは笑い合った。彼と過ごした時間のうち、お互いに笑い合った瞬間なんてなかった。たとえいまみたいな作り物の笑顔だとしても。彼は口元は笑っても、真っ直ぐに私を見ていた。

「ジュリ、お前いま何してる時間なの?四年ってもうサークル引退してるだろ?」
「そうですよ。でもちょっとだけお手伝いです」
「シカマル、先輩手伝わせたダメだろ」
「るせー。手伝わせたの俺じゃねえから」

そう言っていつもみたいにシカマル君はタメ口でアスマさんと話し始めた。普段だったらおかしくて笑ってしまっていた。けれど、いまはぎこちなく口の端を上げるくらいしかできない。その間も彼が見てきて、私は手元を見て袖を伸ばして視線から逃げた。「―――ジュリ?」いつの間にかシカマル君との話を終えたアスマさんに呼ばれて、やっと視線を上げた。

「はい?」
「だから、俺たちと回ろうぜ」
「…えっと」
「いいだろーが。何でも好きな物食わせてやるから」

元々学祭にはちょっと顔出すだけだった。それに好きな物なんて何もないし、お腹も空いてない。助け船を求めようと、察しの良いシカマル君に視線を送る。なのにシカマル君は私が期待した言葉とは違うことを言った。

「アスマ、しっかり先輩に食わせてやって。いのの奴、夏からずっと、『会うたび先輩が痩せてって死んじゃう』って騒いでうるせえから」

いのちゃんがそんな風に思っていたなんて知らなくて驚く。そしてシカマル君の期待を裏切る発言で驚く。

「じゃ、行くぞ」





結局、キャンパスを丸々一周した。三人の中で一番身体の大きいアスマさんは、本当に沢山の食べ物を食べてた。彼とどんな話をしたらいいか分からなくて、私はアスマさんに与えられた食べ物を黙々と食べることばかりに専念した。

「あー、食った。酒は?」
「たぶんアスマさんが卒業してすぐぐらいから、学祭でお酒売るの禁止になってますよ」
「嘘だろ」
「本当ですよ」

そう答えるとアスマさんは喉の奥で唸った。少し先に喫茶の屋台が出ているのが見えて、「コーヒーは駄目ですか」とアスマさんに聞く。

「まあ、それしかないんだしな」
「私がご馳走します」

たぶん、学生で後輩で女の子だと先輩から奢ってもらうのが礼儀なのかもしれない。それでもやっぱり気が引けて、私はそう言った。するとアスマさんは「ありがとよ」と笑った。アスマさんのこの笑い。裏のないまっすぐ明るい笑い。にかっと歯を見せる、この笑い。

「コーヒー3つください」

屋台越しに注文する。「タピオカ入れます?」と言う質問に驚きながら首を振る。次に「味どうします?」と聞かれて「味…?」と、コーヒーでこんな質問されると思ってなくて、大きなピアスを付けた女の子に聞き返してしまった。「アイスコーヒーかラテ、どっちも砂糖ありなしでできますよー」という答えを聞いてそういうことかと納得しながら、後ろを振り返る。

「どうします?」
「ラテ、砂糖なし」
「…はたけさんは?」
「俺はアイスコーヒーね」

その答えを受けて私は「ラテを砂糖なしで一つと、アイスコーヒー、ブラックで二つお願いします」と注文した。

「はいどうぞー。えっと、これがラテ」

差し出されたそれを受け取って、アスマさんに渡す。それからブラックを受け取ると一つを彼に渡す。彼に向き合って、そこで彼がにこにこ笑っていることに気が付いた。