白煙の彼方



「ジュリちゃん!」

本当に来る気はなかった。普段とは違う人の多さと食べ物の匂いと喧騒と熱気。大学の門を通ったときにはもう後悔ばかりだった。絶対に断るべきだった。けれど、あの日、ナルトが学祭の連絡をしてきた日。それはカブトが顔に痣と切り傷を作った日と同じだった。重なる配慮のない行為に疲れ切っていたし、カブトの異変に気を取られていた。断りたかったけれど、ラーメンを奢る話が海野先生の登場で反故になったことを言われて、考えるのもできずいつの間にか了承していた。

「にぎわってるね、お店」
「当たり前だってばよ。それに黒字になれば今日の飲み会代浮くわけだし!」

サークルの出し物は焼き鳥だった。手作り感のある屋台にサークルのメンバーが数人いるだけで、当番制らしい。他の子は遊びに行ったり、呼び込みをしているみたいだった。みんなに会えないのは少し残念だけど、連絡してきた本人に会えたから帰ろうと思った。

「これ、みんなで食べてね。それじゃあ、私―――」
「せっかくだから、ジュリちゃんも店番してって!」

来る途中に買った飲み物とお菓子の入った袋を受け取りながら、ナルトが言った。断る言葉を探す私の背中を押すナルト。どうしてか私はナルトの押しに弱い。

「あのね、ナルト―――」
「じゃあ俺は呼び込みしてくっから!ジュリちゃんは焼かなくていいよ!シカマルが全部やるから」

そう続けたナルトは慌ただしく看板を持ってごった返す通路に言ってしまった。困ったな、と小さくため息を吐くと、シカマル君は「すいません、先輩ほんの少し顔出すだけのつもりだったんでしょう」と言った。シカマル君は目ざとい。いつもめんどくさそうにしているのに、実は周りのことを良く見て良く考えてる。不思議な子。

「うん、でももうちょっとここにいるよ。そうすれば当番変わったときに他の子にも会えるし」
「そうっすね。まあ変わったばっかなんで、1時間半は待ってもらわないと」
「そうなんだね」

屋台から前の通路を見て答えた。通路を行きかう人達。私と同じように学生の彼ら。でも私はきっと彼らとは違う。昔なら気にならなかった。でも今は、違う。彼と出会ってしまった今は、もう気にしないわけにはいかなかった。そして、同時にもう彼には会うことはない。

「でも、OBならたぶんもうそろそろ来ますよ」
「OB?私知ってるかな」
「アスマですよ」
「ああ、アスマさん」

思わず笑ってしまう。シカマルくんは、私や目上の人には敬称や敬語を使うのに、どうしてかアスマさんは呼び捨てだし、話すのもタメ口だった。アスマさんが卒業してから私もシカマルくんも入学したので直接の先輩後輩ではなかった。上下で仲がよく、卒業後も何かと気にかけてくれるサークルなのが幸いしてか、シカマル君はアスマさんと知り合った。アスマ「先生」がこのサークルのOBと知ったのは、大学に入ってからだった。そのときからアスマ「さん」と呼ぶようになった。世間って狭い。

「ひとりなのかな?」
「知り合いと来るって言ってましたよ」
「知り合い?」

心臓が跳ねた。

「それってここのOBってこと?」
「違うみたいっすよ。―――噂をすれば、」

シカマル君が人混みの一点を見て言った。どきりとした。シカマル君の視線を追う。その先にはアスマさんがいた。そして、その隣を見ようと視線を動かした。いつか聞いた、世間って狭いねという言葉を思い出した。