私の髪も伸びました。



世間って狭いね、と昔聞いた言葉を思い出しながら麺をすする。私の副担任だったうみの先生は私が卒業したのち別の高校でナルトの担任をしたという話だった。「ナルトときたら、手のかかる奴だったよ」とうみの先生は頬をかきながら言った。その癖はいまだ直っていないらしい。食べることを忘れたように盛り上がっている二人の話を聞きながらラーメンを食べていたはずなのに、やっと半分食べ終えた時には後から来た先生がもう食べ終わっていた。

途中であきらめた私とは違い、ナルトは一緒に頼んでいたチャーハンもぺろりと平らげた。お店を出ると、夜風が気持ちよかった。一日の中で初めてカーディガンを着ていてよかったなと思う。涼しいとまではいかないけれど、ほんの少し秋の気配を含んだ風だった。私が奢る予定だったのだけれど、うみの先生が私とナルトの分も払ってくれた。駅までの道をまだ話したりないという顔をしたナルトとうみの先生の後を半歩下がって歩く。駅に着くと、この駅からだとナルトとは違う路線で帰ることになる。電光掲示板を見て、ちょうど電車が来るところだと分かったナルトは「明日、朝練はえーから。またねジュリちゃん!それにイルカ先生も!」と最後まで元気いっぱいにホームへと走って行った。

途端に私とうみの先生の間に沈黙が訪れる。先生は何線を使うのか聞こうとすると「なあ、少し話さないか」という言葉に遮られてしまった。その顔がいつまでも教師の顔で思わず笑いそうになった。私のもう先生の生徒ではないのに、先生はいつまでも先生のままだった。本当は断って、今すぐ帰りたかったけれど、先生の真っ直ぐな視線で、首を縦に振ることになった。

駅前のチェーンのコーヒーショップに入る。駅に向かう人達が見えるカウンターの席に並んで座った。「いただきます」とお金を出してくれた先生にお礼を言って、アイスコーヒーをストローで飲んだ。酸味が舌を刺激した。先生は何も入れずに飲んだ私を見て、「大人だな」と言い、シロップとポーションミルクを入れた自分を笑った。

「いや、でも本当、お前大人になったな」
「…そうですか」

こちらを見て、先生は言った。その視線は下心がない。居心地の悪さを隠すように肩を竦める。先生はガラス越しの通行人を見ていて、それに気づかない。

「最後の会ったの卒業した後のファミレスだろ?あれから、四年も経ったのか。早いな」
「そうですね」
「他の先生には会ってるのか?アスマ先生とか」
「アスマ先生とは春に会いました」

あの日の先生の酔いっぷりを思い出し笑いそうになるのを、コーヒーを飲んでごまかした。それからまるで一問一答のように先生の質問に答えた。大学楽しいか?ええ。ナルトは騒がしいけど、いいやつだから。そうですね。それで就職は決まったんだろう。はい。社会人になるの楽しみか。それなりには。なんだ、それ、お前らしい。

グラスのコーヒーがあっという間になくなった。それと同時に、手持無沙汰と口さみしいさが重なり、落ち着きがなくなる。そろそろいい頃だろう、と思った。先生は聞きたいことをほとんど聞けたはずだ。腕時計をわざとらしく見て、それとなく合図をした。

「それと、これは聞かなきゃと思ってたんだが、」

どうやら話を切り上げるつもりはないらしい。それどころか、これからが本番だというように、うみの先生は首だけでなくイスの上で上半身ごとこちらに向けて問いかけてきた。

「ここ、まだ親父さんにやられてんのか」

先生は自分の肩を指さした。やっぱりな、と思った。ラーメン屋でナルトが水を零した時にカーディガンが肩から落ちたときに見えたのだ。先生はいつまでも先生のままで、今でも私のことを教師として心配している。

「これは、なんでもないです」
「…なんでもないわけないだろう」
「そうですね、あえて言えば、」

これは愛です、と言えばイルカ先生は、驚きで目を見開いた。それから、悔しそうな顔をし、悲しそうな顔をし、最後は頭を垂れて首を振った。

先生は、昔からそうだ。心配して、私を気にかけていたけれど、根本でなにも分かっていない。四年経ったいま、先生にいらつくことも、腹が立つこともないけれど、当時は分かり合えない相手に、知ったように話されるのがひどく煩わしかったことを思い出した。