先生から生徒へ



5限が終わるころナルトと大学の正門で待ち合わせて、二人で電車に乗り込む。ナルトが昔から好きだというラーメン屋に行くことになった。道中、そのラーメン屋さんの話をするナルト。勉強の苦手なナルトはこうしてラーメンや部活の話をするときや、サークルで運動をしている時の方が顔が生き生きとしてる。

暖簾をくぐると、お店のひとがナルトに親しげに話しかける。常連なのだろう。「おっちゃん!いつものふたつ!それとチャーハン!」「あいよ。やっとサクラって子連れてきたか!」「ち、違うってばよ!このひとは俺の先輩」という会話を聞いて自然と笑みが零れる。

席について、ラーメンを待つ。ナルトを見ていると、両親がいなくても良い子は育つのだと強く実感する。逆に親がいても子が上手く育たないこともある。高校時代さんざん私を気にかけていた副担任の言葉で、なんとなく入ったサークル。しかしこうして後輩に恵まると、あの日のファミレスでの会話に意味があったのかもしれない。





「ジュリ、改めて卒業おめでとう」

卒業式ぶりに会う副担任と学校のすぐそばのファミレスで向き合う。あまりにも近くて先生たちの目が光っているから、高校三年間一度も入ることがなかった。「呼び出してごめんな」という先生。返すことがなくて、黙って目の前のコップに口を付ける。勝手に用意されたそれには苦手な炭酸が入っていて、のどがぴりりと刺激された。

「大学、楽しみか」
「そうですね」
「友達はたくさん作れよ」
「はい」
「クラスだけじゃなくて、サークルとか入っていろんなひとと知り合え」
「…はい」
「バイトも、勉強の邪魔にならないくらいにはしてもいいかもしれない」

ああだこうだという先生のことを見る気にもならなかった。窓の外に視線を投げる。このひとは三年間、飽きることなく私に声を掛け続けた。言ってみれば、先生は熱血教師だった。私が入学した年に、着任した先生はどういうわけかすぐさま私に関わろうとした。的外れなことも、核心をついたことも色々言ってきた。去年まで大学生だったくせにと、思っていた。そうして三年間、ずっと心配されてきた。煩わしかった。「今日で最後だから」という先生の言葉で来てみれば、これ。耳障りな言葉に、好きでもない飲み物。イライラした。早く帰ろうと、先生が聞きたいはずの言葉を用意した。

「私、春から一人暮らしするんです。新しいスタートにしようと思います」

窓の外、ファミレスの入り口とその横の喫煙所を眺める。そばに立つひとの手にある火のついた煙草から煙から立っていた。

「…そうか、そうかっ!」

外を見ていたい気持ちだったけれど、先生が堰を切ったように言葉を零したのに驚いて先生を見た。先生の目は潤んでいた。手で隠しても、口元が緩んでいるのは見て取れた。「新しいスタートか。良かったな」と言う先生をみて、心がすこし傷んだ。先生に言った嘘の言葉で、先生はこんなにも安心して嬉しそうにしていた。三年間煩わしいと思っていたのに。先生の言葉を、聞いてみようかなと初めて思った。でも、三年間言われてきたことは、よく覚えていない。聞き流していて思い出せなかった。じゃあ、今日の言葉だけでも、覚えておこうかな、なんて思った。






二人分のラーメンが来たとき、お店のドアが開く音がした。お店のひとに注文する声を聞いてどきりとする。振り返って声の主を確かめた。

「あー!」

隣から大声が上がった。ナルトも振り返っていた。いま注文をしたお客さんを見て驚きながら、ナルトがテーブルにラーメンの丼ぶりを置いた。その拍子にそばにあったコップが倒れて、水が私のカーディガンに零れる。「ごめんってばよ!」と興奮した様子が抜けないまま、ナルトが裾を引っ張る。その力でカーディガンが肩から落ちた。「気にしないで」といって、カーディガンを肩に掛け直して、持っていたハンドタオルで水分を拭き取る。その様子を見ていたお客さんは、面白いものを見ている顔をしていた。

「相変わらずだな、ナルトは」
「イルカ先生!」
「それにジュリも久しぶり」

そう言って笑うのは、高校の副担任だった、うみの先生だった。