コーヒーでも飲みましょうか



「ジュリさーん!」

待ち合わせをしていた彼女が髪を揺らしながら駆け寄って来た。ちょうど午前中の授業が終わったころで人が多くなったカフェテリアでもその桃色の豊かな髪はすぐに目に留まる。そしてその横にいる彼の黄色の髪も、夏休みにサークルの合宿で会ったときと変わらず鮮やかだった。

「お久しぶりです」
「ジュリちゃん、夏休みぶり!」
「久しぶりサクラちゃん、ナルトも一緒なんだね」
「違うんですよ。2限の授業がたまたま一緒で、こいつが勝手に着いてきたんです」
「サクラちゃん、ひどいってばよ…」
「相変わらず仲がいいねえ」

笑いかけれると、彼女はわざとらしく顔をゆがめた。それすらも可愛らしい。

「ジュリさんは、なんかちょっと変わりましたね」
「日に、焼けたからかな?」

何か言いたげな彼女を見つつ「先に、ご飯買いに行こう」と声をかける。長くなりかけているカフェテリアの列に加わって順番を待つ間二人の話を聞く。彼女の友達との旅行、大学のクラスで言った花火大会。ナルトが入っている部活の練習の事。

「そういえば、いのから聞きましたよ。ジュリさん彼氏できたんですか?」

ナルトが知り合いを見つけ列から離れたとき、彼女が聞いてきた。「いのちゃん」はアンコさんのカフェで働いている子だった。サクラちゃんと彼女が知り合いなのを忘れていた。あのとき彼女にいったように説明しても、納得してもらえない。不思議なほどアンコさんもいのちゃんもサクラちゃんも同じ反応だった。

ナルトが列に戻って来て三人トレーに料理を選びレジについたとき、後ろにいる彼女たちのぶんもまとめての会計を頼んだ。私がおつりを受け取ったところで気が付いた彼女が、「いいのに!私、代わりに飲み物買います!なにがいいですか?」と声を張り上げた。先輩として奢っただけだった。けれど彼女は少し頑固なところがあるのは分かっているから、「じゃあ、カフェラテ」とお願いした。

「温かいのにします?」
「ううん、冷たいので大丈夫」
「ここの冷房寒いんじゃないですか?」

彼女は首を傾げて、私の着ているカーディガンを指さした。そうじゃないと、首を振る。彼女が買ってくれたアイスラテを受け取って三人で席に着いた。冷製パスタを食べながら、ふたりのやり取りを聞く。珍しく彼女がナルトの話を穏やかに聞いてるのは、話題がナルトの夏の大会だったから。スポーツ推薦でこの大学にいるナルトは、部内で抜群の才能を発揮している。

「へえ、あんたんとこ夏の大会、準優勝だったんだ」
「サクラちゃん、俺ってばすごいでしょ!」
「調子に乗るなっ!」
「そんなあ…。あ、そういえばジュリちゃん、合宿んときの約束!」

そうナルトに言われて、トマトを噛みながら思い出す。合宿の最終日の飲み会で、ゲームの罰ゲームに負けた私はナルトに、大会で三位以内だったらラーメンを奢る約束をしていた。

「いいよ。準優勝だもんね。いつにする?」
「今日!」

私はこれといって予定がないのから、ナルトの午後の授業が終わったらその足でラーメンを食べに行くことになった。彼女を誘うと「私、ラーメン嫌いです」と言われ、ナルトが悲鳴を上げた。ふたりのにぎやかな掛け合いを聞いていると、三限の授業の時間になった。私は授業はなく卒論のための本を借りに来ただけで、サクラも次のコマは空きだといった。授業のあるナルトがサボろうとするのをサクラが追い立てると、ナルトが大げさに肩を落としながら席を立った。この二人のやりとりは、いつも面白くて笑ってしまう。

「なに、笑ってるんですか」
「ふたり、本当に仲が良いなって」
「やめてくださいよ、高校が一緒のただの腐れ縁です!」

彼女に買ってもらったアイスラテを一口飲む。すっとのどに流れる冷たさが気持ちよかった。

「…ジュリさん、パスタ食べないんですか」
「んー、最近あんまり食欲なくて」

いまさら夏バテかな、と私の半分残ったままのパスタを見ている彼女に笑いかける。

「ジュリさん、これ以上痩せたら死んじゃいますよ。それに最近忙しいんですよね?」

「いのが、ジュリさんが忙しくてバイト辞めちゃったって言ってました」と続けた。それも知っているのか、と正直驚いて、顔に出てしまう。自分の情報が知らないところで回っているのは不思議な感覚だった。

「いつ辞めたんですか?」
「2週間くらい前かな」
「私、ジュリさんが働いてるときに遊びに行こうと思ってたんで残念です」

残念そうに彼女が言った。アンコさんのカフェを辞めてまだ2週間しか立っていないのに、遠い昔のように思えた。九月に入ってすぐのあの日に掛かって来た電話。会わないと思っていたひととの再会。少しずつ変わり始めた日常がもとに戻ることになった。あの日以降、ふらりとやってくるカブトを部屋に招き入れるようになった。バイトも辞めて、彼のマンションに行くこともなくなった。カブトとの日常の方が圧倒的に長いのに、この数か月の日々から切り替えるのが難しかった。「やっぱり卒論って大変なんですね」と笑う彼女に、微笑み返すことしかできない。