ロリポップと性少年


レイブンクローに悪戯グッズを使った罰則でマクゴナガルに連れられた部屋に入ると、ミセス・ノリスを膝に抱えてほくそ笑むフィルチがいた。罰則って、フィルチの手伝いか。

言い渡されたのは、地下牢のパイプ掃除と床磨きだった。魔法なし。まじか。モニカの後に続いて、部屋の隅にある水道で布を濡らして、どっちからやるか話してると、フィルチのかさついた手が俺の首を掴んだ。

「お前は床だ。お嬢ちゃんはパイプをやれ」

そう言って、一番汚れている場所までひきづられた。モニカがフィルチの背中で、吐く真似して中指を立ててた。にやけるのをごまかすために、しゃがんで床に向かった。磨いてる間、フィルチが部屋の隅にいるもんだから、モニカにちょっかいだすのも、ジェームズと鏡越しに話すのもできない。無言での作業。しばらくすると、遠くで誰かが歌う声と金属がぶつかるみたいな音がしてきた。そのうち音が大きくなって、正体がピーブスだと分かる。それに気づいたフィルチが、俺たちを濁った眼で一瞥して部屋から慌てて出て行った。ミセス・ノリスも連れてってくれば、完璧なんだけどな。

「子猫ちゃーん。可愛い子猫ちゃん。おいでおいでえー」

モニカがポケットから出したお菓子でミセス・ノリスに媚びを売った。まあ、そんな簡単にはミセス・ノリスはつられない。しっぽであしらわれたモニカは、この愛想なし、と悪態をついて、持っていたロリポップの袋を破いて、真っ赤なそれを舐めた。さっそくさぼりかよ、と思いつつ俺も床磨きをやめて手を洗ってフィルチが座ってた椅子に座る。ミセス・ノリスが意味ありげに視線を投げてくる。

「さぼってると、ミセス・ノリスがフィルチに言いつけるって」

そんな俺を見てモニカが面白そうに言う。

「お前だってアメ舐めてんじゃん」
「うらやましい?」
「俺の分はねえの」
「ないの」
「…そうかよ」

ミセス・ノリスが会話を邪魔するように、いやに高い声で鳴いた。

「ほら、しゃべってないで働けって言ってる」
「まさか」

と笑ったが、フィルチに見つからないでやった悪戯もミセス・ノリスがいたらそのあとでフィルチにしっぽを掴まれることがあったから、冗談ではすまされない。

「ミセス・ノリス、私はアメ舐めてはいるけど、ちゃんと右手はお仕事してるからね。フィルチにチクるなら、この人だけにしてね」

ミセス・ノリスに笑ってから向き直り、モニカは右手に持った布で壁にむき出しのパイプの一本を磨いた。上下に。手の平で包むようにして、上から下、下から上に、こすってた。非常にまずい、俺の思考が。考えろ。そもそもなんで、こんな罰則に食らうことになったか。レイブンクローに悪戯をしたのは、リーマスのせいで、もとはといえばジェームズが詮索したせいで、詮索されなきゃいけなかったのは、モニカのせいで、なにがいけないかって、俺におわずけを食らわせたせい。そうだ、俺はすげえ溜まってて、限界超えてて、こんな目覚めたてのガキみたいに、意味のない動作でもいろいろ考えが巡るだけだ。分かってても、我慢するのは、しんどい。

「なあ」
「んー?」

髪を揺らしてパイプを磨いてた手を止めてモニカが振り返った。よし、と少しまともになった頭で思う。なあに、と次はなんだという感じの名前が左手で棒を掴みロリポップを口から出した。その時、べろり、普段より赤い舌が一瞬見えた。思わず凝視してしまう。

「そんなにアメ欲しいの?」
「いや…、あー」

口ごもる俺を無視して、どうしたってあげないけどね、と悪戯っぽく笑ったモニカがわざとらしく、俺に見せつけるように、ゆっくりと、ロリポップを下から上へと、それの赤が移った舌でなめ上げた。理性が吹っ飛っびかけた。

「頼むから、やめてくれよ」
「何を?」
「それ、舐めんの。あと磨くのもやめろ」
「なんで?磨かなきゃ終わんないよ?」

質問されて、沈黙。外からの音がよく聞こえた。ピーブスとフィルチが言い合ってる。ガシャン、さっきとは比べ物にならなくらい大きな音がして、ミセス・ノリスは早足で部屋を出てった。完璧にふたりっきりになった部屋でモニカは目を細めて笑ってた。

「ああ、なるほどね」

分かったと、ほくそ笑むモニカ。何を考えているのか知らないが、布を捨てて俺に近づいてくる。俺が椅子に座ってるせいで、前に立つモニカの方がすこし高い位置にいた。それから、俺の目のまえで、もう一度ロリポップをなめ上げた。俺の目がしっかりモニカの口を見てるのに気付いて、満足そうに笑ってた。
それにムカついて、モニカの頭を引き寄せてキスをする。3週間分の恨みを込めた、噛みつくようなやつを、たっぷりと時間をかけてお見舞いした。驚いたモニカの手からアメが落ちた。ざまあみろ。モニカがもう限界と塞がった口で声を上げたところで、口を離すと、ロリポップより赤いんじゃないかってくらいのモニカと目が合う。

「何すんの」
「お前が挑発するから」
「…すいません」
「分かればよろしい」
「…ねえ」
「なんだよ」

俺の両肩に手を置いてるモニカを下から見ると、何かを企んでるような笑いを浮かべてた。

「あんなキスしちゃうくらい、したかった?」

改まって聞いてくるモニカを思わず見てしまう。したかったに決まってる。今も、ギリギリの状態だ。正直に言うと、そっかーと間延びした返事。

「じゃあ、しよっか」
「何を?」
「だから、セックス」

いまここでと、俺をのぞき込んでくるモニカの目は挑発的だった。そっちがその気ならこっちはいつだってヤれる。ついに我慢とお別れの時が来た。最後に残った理性で、部屋のドアにコロポータスの呪文を掛けた。