ビコーズ・オブ・ハー


ジェームズのクディッチの練習がバケツをひっくり返したような雨によって中止になった昨日。夕食後、眉を顰めたリーマスの視線をちくちく感じながらも、ジェームズとふたりあれこれ溜まってた悪戯グッズの改良やらなにやらを遅くまで話してたら、すっかり寝坊した。目が覚めたとき俺以外部屋にいなかった。俺を起こさずに朝食に降りたらしい。薄情なやつらだ。

「俺だけが寝坊か」

ちらほら食べ終わった生徒もいる大広間に早歩きで辿り着いて、ジェームズ達がいる席の向かいに滑り込む。トーストを二枚皿に乗せてながら言えば、ジェームズとリーマスは互いの顔を見てから、ジェームズはため息を吐き、リーマスはそんなジェームズの肩を叩きながら笑った。

「だから言っただろう、プロングズ」
「まさか、こんな単純なやつだなんて」
「1ダースよろしくね。ジェームズ」
「…何の話だ?」

話の全体像は分からないが、俺の事が話題になっているのは明らかなので聞く。すると、上機嫌のリーマスが持っていたカップを下して口を開いた。

「いや、寝坊した君が起きてここに来た時の第一声を賭けてたんだ。僕は、『寝坊しちまった』で」
「僕は『なんで俺だけ起こさないんだ』って不機嫌になる方に、ね」
「ああ、」

なるほど。納得して頷きながらジャムを塗ったトーストを食べながら、グリフィンドールのテーブルに視線を走らす。奥の方の席に、女子と固まって座っているモニカがいた。とっくに食事は終わってるらしい。朝届いたらしい包みをみんなで開けてはしゃいでる。モニカは楽しそうに目を細めてた。それを見て、自然に俺の口角も上がる。しばらくその様子を見てると、ふいにモニカがこっちを見た。俺の視線に気が付くとモニカははにかんだ。それを見て気を良くした俺は、モニカに向かって唇だけ動かす。モニカも俺に向かって口パクで「おはよう」って言った。その様子を見たモニカの友達がモニカを茶化すと、モニカは顔を真っ赤にして最後に俺をちらり見てからまた友達との話に戻った。

「シリウス、君はほんっとにモニカに夢中だね」
「だってあいつってほんと、おもしれえんだぞ。俺は『寝癖すげえ』って言ったのに笑顔で『おはよう』って」
「君はモニカしか頭にないな」

肩を竦めてジェームズはそう言うが、それはお前も同じだろプロングズ、と思う。

「だから、言ったじゃないか。シリウスは、モニカと性の忠実なしもべ、というか忠犬だって」

そう言うとリーマスはココアを飲み、ジェームズは大笑いした。はじめはリーマスは言い過ぎだと思ったが、考えてみれば確かに俺は、モニカが好きだしセックスも好きだ。というかモニカとするセックスがたまらなく好きだ。「忠犬」なんていうのも、あながち間違ってない。納得するとなんだかおかしくなって、俺も声上げて笑った。と、それがスイッチだったみたいに向かいのジェームズは笑うのをやめて、まじまじと俺の顔を見た。

「君は、本当にシリウスかい?」
「どういう意味だ?」
「そのままさ、もしかしてポリジュース薬でも…」
「何言ってんだ?俺は正真正銘、『高貴で由緒正しい』ブラック家の長男、歴史ある血筋を受け継いだシリウスだ」

言ってそれもおかしくて鼻で笑った。

「うそだ…」

ジェームズは真顔でリーマスを見た。リーマスは相変わらず上機嫌にジェームズに言った。

「残念だけど、ジェームズ、また君の負け」
「今度はどんな賭けだったんだよ?」

悔しがってるジェームズを見ながらリーマスに説明を求める。まあ、どうせ俺のことを賭けてたんだろうけど。

「君が『犬』呼ばわりされてキレるかどうかをね。僕はキレない方に賭けて、ジェームズは絶対にキレて、むしろ朝起こさなかったことも含めて今日一日ずっと機嫌が悪いって言ったんだ。じゃあ、それが当たったら次のホグズミートでバタービール奢るのと、さらにリリーとジェームズの仲を取り持つってことにして。僕はたぶん、シリウスは普段なら言わないような冗談でも言うかもって。それが当たったらハニーデュークスの新作チョコレート2ダースって」
「絶対、犬なんて言われたキレると思ったのに。…それなのにパッドフット、君は一向にキレない。それどころか、普段言わない冗談、それもなんでよりによって毛嫌いしてる家のことを言っちゃうかな!」
「だめかよ。いつも、家のことをくらい冗談で受け流せる気持ちでいろって言ってんのはジェームズだろ?」
「そうだけどさ…!」
「ジェームズ、君は負けたんだよ」

すこぶる楽しそうにリーマスは、ジェームズに言った。

「なんで君は、そこまでシリウスのことが分かるんだい?」

ジェームズが不思議そうに聞いた。確かに、リーマスはぴったり俺の反応を言い当ててる。さすがに自分の思考が他人に丸わかりなほど単純な覚えはない。

「そんな不思議なことないさ。さっきも言ったけど、シリウスは忠実な飼い犬だよ。おあずけは長ければ長いほど、その後の喜びは大きい。3週間も待たされてやっとこぎつけたご褒美だから、余韻も長引くんだ。だから今日も機嫌がすこぶる良いと思ってね、今までもそうだったみたいに。パットフットは単純な犬だよ」

ああ、なるほど。今まで自分でも気づかなかったが、確かにそうだ。モニカとはセックスは頻繁にはしない。させてくれない。だけど、その分するときは満足するまでするし、それからしばらくは上機嫌かもしれない。ムーニーは驚くほど察しが良いか、俺がよっぽど単純か。どっちでもいいが、単純な犬ってのは言い過ぎ。…いや、言い過ぎじゃねえな。