ロー・モラル


「モニカ、ジュースいるか?」
「あー。ありがと」
「ポテトは?」
「もう大丈夫」
「そういえば、お前『防衛術』のレポートやったのか」
「…あ」
「ったく、夜俺が見てやるよ」
「言っとくけど、私一文字も書いてないよ?」
「だろうな」
「それでもいいの?」
「構わねえよ」
「ありがとう」

こんな感じでシリウスは怖いくらい機嫌が良い。いや、それはありがたいんだけどね、私レポートとっても苦手だし。いかんせん体中が痛いし筋肉痛も残っている。シリウスの機嫌の良さも私の身体の不調もすべて昨日のフィルチの罰則での一件のおかげだった。

確かに誘ったのは私。だけど、椅子に座ったシリウスの上に跨らされた挙句それじゃだめだとシリウスが立ち上がったおかげでしがみつくような形だったし、二回戦は立ったまま後ろから片足を持ち上げられて攻められた。おかげで普段使わないような筋肉が悲鳴を上げているし、どうやってできたか分からないアザもちらほら。





「ねえ、あなたたち仲直りしたの?」
「まあ、そんな感じ」

数占い学の教室へ向かうとき、今日の朝の様子を見ていたリリーから問い合わせが1件。当事者の私でさえシリウスのご機嫌具合には驚いているんだから、関係者のリリーはどうしたか不思議で仕方ないに違いない。まあ、詳細を教えてあげてもいいんだけど、たぶんリリーは聞きたくないんだろうな。そう思って言葉を濁す。

「そう、良かったわね。でも、もし泣かされるようなことがあったら、私はシリウスのこと許さないわ」
「ありがと」

そう言えば、リリーはいつものチャーミングな緑の瞳で笑ってくれた。とりあえず、リリーには私とシリウスが仲直りできたことを知っていてもらえればいいかな。まあ、もともと喧嘩はしてないけど。

「…わ!」

角を曲がったとき、私より頭一つ分小さい下級生にぶつかった。持っていた鞄は吹っ飛ぶし、私は見事に肩から壁に衝突した。痛みで悶絶していると、リリーが下級生を注意する声が聞こえた。リリーの剣幕にすっかり小さくなった下級生がかわいそうで、リリーに見逃してあげるように頼んだ。そうすればしぶしぶといった感じでリリーは、次は減点よ、と恐ろしいお言葉をお吐きになられた。

「あなた大丈夫?そんなに痛いの?やっぱりさっきの子達怒っておくべきだったわ!」
「リリー、違うの」
「だってあなたすごい痛そうよ。肩ぶつけたんでしょう?マダム・ポンフリーの所に行く?」
「ううん。違うの。もともと肩打ってて、同じところぶつけたから痛いだけだよ」
「もともとって。どうして、肩なんてぶつけるの?」
「シリウスとちょっと」
「シリウス?もしかして、あの人暴力を振るうの?!」

リリーのチャーミングな緑の瞳が二倍に大きくなって、私の反対側の肩を掴んだ。そっちの肩も筋肉痛で痛いのはこの際黙っておこう。それより、リリーのなかで自由に描かれてるバイオレントなシリウス像を否定しつつ、私の節操を守るべくオブラートに包んだ言葉を探す。
 
「そうじゃなくて。何ていうか、ほら。私達、久しぶりにはしゃいじゃったっていうか。元気過ぎた、みたいな」

そう言いながら落ちていた鞄を拾って、リリーを引っ張って教室を目指す。うまくいけば、リリーがピンと来る前に教室に辿り着いて、さらにうまいこと授業の予習復習を始めてくれるとありがたい。だけど、まあ現実はそうもいかないもので。教室への最後の角を曲がった時、リリーが足を止めて私を睨んだ。

「…あなた達昨日、罰則から戻って来た時から仲直りしてたわよね」
「あー、うん。そうだね」
「じゃあ!あなた達、罰則の後に、寮でもない場所で…」
「そんな感じ、かな」
「そんな誰が来るかも分からない場所と時間でするなんて…。だから、私シリウス・ブラックって人がいやなのよ!」
「違うの、リリー」
「何が違うっていうの?」
「フィルチが出てった後、ちゃんと鍵掛けてたし。ほらそれに、罰則地下室で。あそこ人なんて来ないから」
「じゃあ、あなた達罰則中に及んだのね?!あの人があなたに迫ったんでしょう!ご無沙汰だったからって」

リリーの赤毛がめらめらと燃え上がってるように見えた。

「それがね、昨日は、あたしが誘ったの」
「え?」
「だからね、シリウスに迫られたとかじゃなくてね。私が、シリウスを、誘ったの」

私の言葉に顔をしかめるリリー。燃えてた髪がだんだんと鎮火して、代わりにリリーのほっぺがほんのり色付いて、眉がハの字になった。入学した時からリリーとは仲良しだけど、この恥ずかしがってるような困ってるような表情のリリーを見たのは初めて。その珍しい表情を観察しつつ、リリーが言葉の意味を理解してくれるのを待つ。

「あなたって人は!」
「リリー、ごめんね。本当、これからは気を付けるから」
「ええ、そうしてほしいわね」

リリーは優しく笑って私を見た。ふう、これで何とか嵐をやり過ごせたと安心する。一足先に教室に向かって歩き出したリリー。私もその後をのんびりと追いかけると、教室の扉の前でリリーが振り返った。

「でも、あなたが“これからは気を付ける”って言ったのこれで二度目よ」
「…うん?」
「だからね、グリフィンドールから二十点減点」

なんて恐ろしいお言葉を残して、リリーは先に教室に入っていった。