あの場所のことも、それから彼女のことも、誰にも話さなかった。彼女のことを話せばジェームズは騒ぎ立てるだろうし、シリウスは値踏みをするだろうと分かっていたからだ。だから、彼らといるときは大広間で見かけた時も、廊下ですれ違った時も、合同授業の時も、彼女と知り合う前のように振る舞った。そのことで彼女を傷つけていたかもしれないという気持ちは、心の隅で小さく燻っていた。





彼女と出会った次の日、いつものように4人で朝食を取っていると、ハッフルパフの女の子たちがやって来た。なにやら大きな話題があるようで、一人が身振り手振りを交えて話をしているのを周りも興奮して聞いているようだった。ひとり、なんだか反応がワンテンポゆっくりな子がいると思えば、それが彼女だった。ハキハキと明るい女の子たちに混ざって彼女がいるのは、少しおかしな組み合わせのようにも感じられた。彼女は僕の視線に気づかないまま、朝食の席に着いた。
食べ終わった3人がまだか、と言うので、もうほとんど朝食は食べ終わっていたけれどもう少し食べたいと言って彼らには先に行ってもらった。かぼちゃジュースを飲みながら、それとなく彼女を視線の端にとらえていれば、彼女の表情が以外にも豊かなことに気が付いた。目を見開いて驚いたり、目を細めて怪しんだり、ぐるっと瞳を回して呆れたり、目を三日月型にして笑ったり。決して大げさな振る舞いではなく、ゆるりと表情を変えるのが、彼女のやり方のようだった。

その日の夕方、あの場所に足を運んだ。今朝の彼女を見て、もう一度話してみたいと思った。もちろん、約束をしているわけでもないし、彼女がどのくらいの頻度でここに来ているかも知らないので会えるという確証はなかったけれど。案の定、その日彼女は現れなかった。その日から、できる限りあの場所に足を運んだ。けれど1か月半を過ぎても、彼女と会えないままだった。もしかしたら、彼女は本当にたまにしか来ないのかもしれない。あるいは、あの日の言葉は全部適当だったのかもしれないし、僕に気を使って来るのをやめたのかもしれない。

機会を選ばなければ、すぐにでも彼女に話しかけられた。彼女が頭の隅にいるようになってから、ほとんど毎日見かけないことはなかった。彼女は交友関係が広いようで、ネクタイカラーの違う生徒とも一緒にいるのをたびたび見かけた。これもまた意外な発見だった。もっぱら彼女は聞き役のようで、特有の表情で相手の話を聞いていた。彼女は常に誰かといるらしかった。以前なら、彼女のことを自信がなくて大人しい子だと評していたが、ここ最近の発見を踏まえると、どうやらそうではないらしい。周りが心配するようなか細さもありながら、周りを引き付けるおおらかさを持ち合わせている。そんなわけで、ジェームズやシリウスといる時は彼らを言い訳にし、彼女が誰かといる時はその人達を言い訳にし、彼女に話かける機会をぐずぐずと先延ばしにしていた。

その一方で、こんなにも彼女のことが視界にはいるのだから彼女の方だって少しは僕の存在に気づいているんじゃないかと期待していた。ジェームズとシリウスはよく目立つ。僕も大抵は彼らと一緒にいるのだから、僕のことは彼女も気付いているはずだと、尊大にもそう確信していた。この独りよがりな確信がどうして一か月半もの間続いているのか、だんだん、疑問になっていった。同時に雪が降る季節になったので、あの場所に行くのはやめようと思うようになった。

そして、雪が本格的に降り積もるようになったある日のこと。他の三人が罰則でいない土曜日の午後、中庭を横切れば、そこから温室の外に向かって、足跡が一組伸びている。僕のと比べると一回りも二回りの小さいので、女の子の足跡だ。はっとして、その足跡を辿れば、あの場所でブランケットに包まっている女の子の後ろ姿があった。

「やあ」

今回は僕から声をかける。