テーブルでの晩餐はみよじ邸の庭で行われた。俺たちの席は最前列の左端。この屋敷の娘のなまえと話してからずっと苛々してた及川だが、食事の席で紹介された際にはお得意の笑顔で振りまきセイジョーへの支援もちゃっかり求めるあたり要領よくて、うぜえ。

「お料理をお楽しみいただいたところでオークションを始めたいと思いますが、その前にみよじカンパニーのチャリティー部門に来年より着任予定の亡き夫と私の娘なまえをご紹介します」

母親が一歩下がると、後ろに控えていたなまえが現れた。起こった拍手を笑顔で作った。ちょうど彼女の正面の席にいる俺たちの近くに視線を向けた瞬間わずかに眉を顰めた。拍手が静まると、彼女のスピーチが始まる。挨拶。はじめに亡き父の功績。それから客への感謝の言葉。このオークションの目的。

「これまで法の世界で父が、そしてビジネスの世界で母が皆さんとともに築いた世界。今度は私も皆さんの力を借り、人々が安心し平等で幸せになれるよう―――」
「金持ちの綺麗ご―――」

及川が呟いた言葉は最後まで続かなかった。銃声が響いた。目の前に立ってたはずの女は演台の裏でしゃがんでる。

「岩ちゃん!」
「おうっ!」

そこからはほんの数秒の出来事。ジャケットの下に携帯していた銃を手に持つ。及川は素早くなまえとミセスみよじがいる演台に向かって駆けだそうとする。音がしたのは、どこだ。身を低くしようとしゃがんだ瞬間、再びの銃声。連続して何発も。後ろだ。振り返るとそこは混乱だった。招待客が競うみてえに建物んなかに入ろうとする。どこにいやがる、狙撃手は。突然の襲撃と溢れるアドレナリンで心臓がうるせえ。パーティー会場の後ろはそのままなまえ家所有の林だ。犯人はそこに潜むしかないが、すっかり日が沈んでおり、こっちから目を凝らしても見えるのは闇。そのくせこっちは屋敷の明かりや各テーブルに置かれたローソクやらで無防備過ぎる。くそ。銃声が止んだ後も、十分以上銃を構えたまま闇を闇をにらみ続ける。いい加減、応援を呼ぶかと考えたときサイレンが聞こえた。誰かしらが通報したんだろう。それでやっと、演台に駆け寄る踏ん切りがついた。

「おい、お前大丈夫か?」
「ええ…」
「嘘吐け。腕血出てるぞ」
「こんなの、たいした傷じゃないです」

演台の裏にしゃがむなまえの左腕の肩近くを弾が擦ったのか、血が滲んでる。視線を走らせれば、なまえが立ってたであろう場所の数メートル奥の屋敷の外壁に弾がめり込んだ跡。恐怖による反応だろうが、とっさにしゃがんで演台に隠れて九死に一生だ。

「それより岩泉さんは?」
「俺は無傷だ」
「そうですか、及川さんは…?」

サイレンが近い。こんな状況でまだあの林に居座る狙撃手がいると思えないが、安全確認が取れてない以上無駄に動きたくねえ。地面にしゃがみ転がるミセスみよじと被さった及川を演台の陰から伺う。ミセスみよじは震えて及川のスーツの袖を指が白くなるくらい強く握ってる。

「おい及川、その血?!」
「打たれたんですか?」
「あーこれ俺の。腕打たれたけど骨に当たってないし弾抜けてるから大丈夫。むしろ、ミセスみよじが過呼吸気味でまずいかも」

なにがだ。採血の針と自分の血にすらビビるくせに強がりやがって。視線を戻すと不安そうにそっちを見るなまえがいた。訓練時代に受けた被害者心理学の内容を思いだそうにも、あの手の座学は苦手だったから何も浮かばない。手を握ってみると、恐怖で冷たくも振るえたりもせず、大丈夫だと言わんばかりに強く握り返された。気丈な女。

「おーい、及川、岩泉大丈夫か」
「花巻、やっと来たか」
「署に通報入って飛んできたぞ」
「金田一と国見指揮でいま林側から一斉捜索始めてる」

室内からガヤガヤひとが動く音が聞こえたと思うと、花巻とトランシーバー片手の松川は、俺たちがいる庭に一番近く狙撃手がいるであろう方角から死角になってる窓から顔をのぞかせて大きめの声で言った。セイジョーで一番下っ端の金田一たちに狙撃手がいるであろう林の捜査をやらせるのは、松川も花巻も狙撃手はとっくの昔に逃げたと思ってるからだ。俺も同意。安全確認待ちの間こっちの状況を伝える。

『松川さん、クリアです』

林の間から複数のライトが見えたとき、トランシーバーから報告が入った。やっぱり、空振りだよな。庭に出てきた花巻と松川は非番らしく私服にシューズカバーに手袋。

「メディカルがゲストルームに待機してるから、女性ふたりはそれぞれまずそっちで。あと外で救急車待機させてるから、及川はそっち乗ってとりあえず病院な?」
「いやだよ」

ミセスみよじを立ち上がらせるのを松川とバトンタッチした及川は間髪入れずに答えた。

「でもな、お前」
「うるさい、岩ちゃん。誰がセイジョーのリーダーですか?」
「お前だけど、まずそれどうにかしなきゃ駄目でしょ」

だったらメディカル俺にも呼んで、と言う及川に、はいはい、と頷く花巻。ミセスみよじを連れた松川。トランシーバーと携帯を両手に持ち各方面に指示を出す花巻。腕を押さえたまま室内に戻る及川。

「よし、立てるか」
「ええ」

犯罪被害にあったたっけえヒールを履いてる女は何度か見てきたが、たいてい動揺だか恐怖だかでうまく歩けない。支えるか、最悪脱いでもらうか担ぐかするが、問題もなくその折れそうな足首で立ち上がったなまえを見て、今日何度目か、すげえ女だと関心する。

「じゃあ、なまえさんとミセスなまえは手当後、可能ならそのまま事情聴取?」
「そうなるね」
「怪我してんのはなまえさんのほうだけど、ミセスみよじから今晩事情聞くのは難しいかもな」
「あの感じじゃあね。でも、はじめが肝心だから。他の客は返してないでしょ?」
「おお、二階の部屋使わせてもらっていくつかに分けて待ってもらってる」
「それぞれの部屋に警官置いた?」
「モチ」
「下っ端でも誰でもいいから、一人ずつから個別に事情聞いて。記憶が新しいうちに」

及川と花巻は初動捜査について話しながら、即席の捜査本部らしいキッチンでパソコンや資料を広げてる捜査官たちに合流した。俺もメディカルのいる部屋になまえを連れてから、合流する。

「岩ちゃんお帰り」
「おう」
「とりあえずこれからの6時間の連絡係はマッキーになったから。ゲストの事情聴取はまっつんに仕切ってもらうよ」
「それで、俺は?」
「俺がこの穴縫ってもらってる間、ここに残って指揮してくれる?」
「おう」
「それとまた上のやつらが捜査権主張すると思うけど、絶対他の奴らにあげないで。これ、俺たちの事件だから」
「わかった」
「それじゃ、お前ら、後よろしくね。俺が戻ってきたらすぐミーティングだから、それまでに集められるだけの情報掴んどいて」

及川は、リビングで待機してるメディカルのもとに向かった。長い夜の始まりだ。