絶対に、おかしいと思うんだ。

「たなかー、もういっぽーん」
「日向ぁ、もっと腰下したほうがいいよー」
「テーピングするからおいでー、つきしまぁ」
「武田センセー、今日は早いですねえ」
「潔子、これどうするー?」
「のやっさーん、ナイス〜!」
「あーずーまーねー、しっかり」
「だいち〜、ビデオチェックする?」
「かっげやまー、ナイッサー!」

「…スガ!ドリンクっ」

ちょっと前に、放課後練が終わったあと水飲み場でドリンクホルダーを洗ってるなまえに、「なまえって俺にだけ態度冷たくない?」って聞いたら、手も止めずに目線もこっちにくれないまま「そんなことないよ」って言い返されて、俺の発言は意図も組んでもらえることなく、排水溝に流れて吸い込まれる水と一緒に消えたことがあった。

でも、やっぱどう考えてもおかしいべや?清水が綺麗系なら、かわいい系のなまえは普段からマイペースににこにこふらふらしてる。緊張感のない喋り方と独特のリズム感で、あっと言う間に他人を自分のペースに飲み込む。去年、同じクラスになったときなまえが他の女子と話してて「昔さー、お母さんに『あんた、語尾伸ばすくせ辞めなさい!』ってよく怒られてたなあ。お母さんの方が先にねえ、諦めたけど。だって治らないよー、そう簡単にはねえ?」って、のんびり締まりなく笑ってたのを思い出した。

なのに、それなのに。なまえは俺と話すときだけ、早口でカスタネットかってくらいはっきりと話す。口調と一緒に表情も固いから、俺はもしかしたら嫌われてるのかもしれない。そう思うようになったのは、ずいぶんと前から。真相を確かめようとなまえに質問した回数ももう片手じゃ収まらない。そのたび「違う」と、態度と言い方はちがうとは言ってないけど、否定されたっけか。

「ねえっ…!いらないの?」

目の前に差し出されるのは、すぐ飲めるように口が開いたドリンク。なんで、俺に対してだけこうつっけんどな態度なんだろう。俺、何もした覚えない。でも、した側は悪気のない些細なことでも、された側にとっては忘れられない嫌な体験だったなんていうことは多々ある。そう言うこともわかってるから、ここしばらくはなまえとの記憶を振り返ることしかしてない。

ドリンクを受け取ろうとなまえの手を見て、ああそう言えばと思い出す。前にもこんなことあったなって思いながら、ドリンクを受け取ろうとしたら俺となまえの指が触れた。どちらもあってなって、次の瞬間にはなまえはものすごい勢いで手を離した。誰にも持ってもらえなかったドリンクは虚しく床に落ちて、中身がこぼれた。またもや勢いよくしゃがんだなまえは床に寝転がるドリンクを起こすとベンチに置かれた予備のタオルでこぼれた水分を拭い始めた。俺も後からしゃがんでタオルを一枚とって、床を拭く。しゃがんだままなまえを見やればいつもより目線の高さが合うし、距離も近い。長い髪はハーフアップされてるからなまえの赤くなった頬とくっつくんじゃないのかなって思うくらいに顰められた眉がよく見えた。

「前になまえが俺にドリンク渡してくれたときのこと覚えてる?」
「ドリンクなんて数えきれないくらい渡してるよ」
「ほら、俺がなまえの指綺麗だねって褒めたときの」

そこまで言うとなまえは動かしていた手を止めた。

「あの時、俺が言ったこと覚えてる?」
「覚えてないっ」

一瞬俺を見てそう言い切ったなまえはまた床を拭き始めた。

『なまえ、指綺麗だな』
『そう〜?』
『うん、手入れとかしてんの?』
『まあ、ちょこっとはねえ?これでも女子だから』
『これでもって、なまえは普通にしてても、女子だろ』
『えええ、褒めてもなにもでないよー。天然タラシくん』
『誰が天然タラシだよ』
『だって女子の指先見てるとか、女慣れしてる感じあるじゃん?』
『やめろよー、さすがに好きな奴のことじゃないとそこまで見ねえべ』
そこまで会話して、日向に自主練付き合うようにお願いされた。


「本当に、覚えてない?」
「………」
「まじで、覚えてないの?」

ぐっと額を寄せれば、反射で身を引いてバランスを崩したなまえは見事に避難させてたボトルの傍に手をついてそれを倒した。口は相変わらずあきっぱだったらしく中身がまた床にこぼれた。俺が慌ててそれを掴んで、今度は口を閉めてからベンチの上に隔離する。なまえは増えた仕事に手いっぱいって顔で床を拭いてる。俺もそれをそれを手伝いながら、さらに問いただす。

「なあ覚えてるべ」
「………」
「だって、その日からなまえ俺に冷たいだろ」
「………」
「あの日のこと怒ってるからだろ?」
「だから、別に怒ってないってば」
「覚えてるんじゃん」

苛立ったように俺を見てそう言うなまえに俺は自然と笑みがこぼれる。

「…覚えてるけどっ、だからって別に怒ってないし」
「…でも、俺のこと意識してくれてるから、そっけないんだべ」

そう言うとなまえは、顔を真っ赤にしてわなわな震えた。手を動かすのも忘れてる。別にスガのことなんて、意識してないしっていうなまえに、そんな赤い顔で言われても説得力ないんだよなって言えば、怒った顔になった。

「もとはと言えば、スガがっ!気のあるようなこと言い逃げするからっ!こっちの身にもなってよ!」
「わりい。日向に引っ張られたら途中になっちゃうのもしかたないべ。それに俺だって、なまえにそっけなくされて辛かったんだけど」
「知らないよ、そんなの自分がいけないんじゃん!」
「ひでー、俺だって告白するしないで色々、見計らってたんだぞ」
「だから、そーやって気を持たせることを言うから!意識しちゃうじゃん!」
「別に良いべや!俺はなまえのこと好きなんだから」

言ってしまえば、すっきりした。なまえは顔をさらに赤くして固まった。

「なまえはどうなの」
「………」
「意識しちゃうんだろ、俺のこと」

案外、俺って性格悪いなって思う。でも、目の前で好きな子がこんな恥ずかしいような怒ったような困ったような顔をしてたら、男だったら誰だってちょっとは欲張りたくなる。

「…そうだよ」
「俺のこと好きなんだべ?」
「好き、だよ…」

絞ったようにそう言ったなまえはへなへなとしゃがんだ状態で自分の膝に額を埋めた。可愛い。いまだタオルを掴んだなまえの右手を掴めば、様子を伺うように少しだけ顔を上げた上目遣いのなまえと目が合った。

「やっぱ、お前の指綺麗だよ」

そう言えば、なまえはものすごい勢いで手を拭き抜き、両手で膝を抱えて守りに入った。それがまた面白くてひとりで笑ってると、一部始終を聞いていた鵜飼監督に背中を軽く蹴られた。

「青春はよそでやってくれ」