02

「バレー!!!」

体育館に行くために階段を下りながらそう言った田中は必要以上に元気だった。驚いて田中を見ると、「なんだよ、意外か?」って言われる。

「意外じゃないよ。ポジションは?」
「ウィンドスパイカー!」
「あー、確かに。パワープレイ得意そうだね」

というかそれしか出来なそうと思ったのは言わなかったけど。先に階段を下り切った田中が足を止めて、階段の途中に立つ私を振り返った。「なに?」って聞けば「お前がスポーツ詳しいって何か意外」って返してきた田中の隣にジャンプ着地を決めてから続ける。

「あー、まあ、ちょーっとだけね」
「んだそれ?」
「知り合いがバレーやってたからさ。てかさ、なんで止まってんの」
「お前こそどこ行くんだよ、体育館こっちだぞ」
「先に自販機」

笑顔で答えれば、「忘れてないのかよ」って言われる。

「タケちゃんに言っちゃおうかなあ、おたくの部員は―――」
「あー!なんだっけ?!飲むヨーグルト?」
「あ、やっぱりミルクティーで」
「へいへい」

田中って、元気だなあ。裏表なし。真っ向勝負。財布を出して、私にミルクティー、自分にはスポドリを買う田中を見て思う。

「で、リベロが西谷で―――」
「へえ」

自販機から体育館に向かうなか、田中は2年メンバーの紹介を勝手に始めた。西谷より前に出た人たちの名前を言われてもクラスが違うから分からない。ということは、田中とは違ってうるさいタイプじゃないんだと思う。西谷ってひとは小さいけどなんか目立つし、クラスの子が男前って騒いでたりで、クラスが違うけど知ってた。

「なんか西谷ってひとと田中、無駄に先輩風吹かせてそう」
「はぁ?ったりめえだろ!俺は田中先輩だ!!」
「え、なんか『田中先輩』ってなんか違くない?」
「うるせーな。今年の一年、めんどくせえ奴らばっかなんだかんな!先輩呼びのひとつくらいさせなきゃ、やってられねえよ」
「はいはい分かりましたよ、田中先輩」

不服そうな田中を見てけらけら笑って体育館まで辿り着いた。開いたままの扉から部員に向かって話すタケちゃんの姿が見えた。「このゴールデンウィークですが」って、どうやらミーティング中らしいから、ちょっと待たなきゃいけないかなって思ってると、「遅れましたー!!」って、体育館の入り口から大きな挨拶をする田中。超、体育会系。それまでこっちに背中を向けてるバレー部のみなさまがこっちに振り返るのが容易に想像できた。こういう瞬間、部活特有の共通意識のある集団に外の人間だって認識されるのって居心地悪いよなー。

「あ、田中くん。補習お疲れさま」

バレー部顧問中のタケちゃんから補講担当タケちゃんに取り次ぐ役目は、バレー部員田中に任せようと決めて、一歩下がったところで立つ。話を中断して入り口まで来たタケちゃんに田中がプリントを渡した。私もとっとと私てお暇しよう。

「しょっぱなから補講だと一年に示しつかないじゃないか」
「このままだったら、田中、中間もやばいべ」
「西谷は大丈夫だったんだなぁ」
「ハイ!部活できなかった分、多少は勉強させられたんで!」
「あ…、なんか、ごめんな?」
「旭さん!俺、普段から田中より勉強出来る自信ありますからっ!」

なんて会話から部内での田中の立ち位置が察せて、ポンポン、ドンマイ、と田中の肩に手を置く。すると田中は私の手首を掴み言葉なしにねじってきた。割と本気の力だ。身体をねじって田中の技から逃げようとする。痛い痛い痛い。

「田中くん、暴力は―――」
「田中先輩が!女子と一緒だ!!!!!」

仲裁しようとするタケちゃんの言葉を掻き消したのは、間違いなく田中の後輩らしい。視線を声の方に向ければ、バレー部員にしては小柄な男の子が、私を真っ直ぐ指さしてる。どうやら、抵抗してるうちに、田中の影から出てたらしい。と解放された腕をさすりながら、どうにかしてよ自分のところの後輩くらいって田中を見れば、何故か教室では見たことなくらいのどやって顔をしてた。

「おっほん!…いいか日向よ、男たるもの―――」
「武田先生、これプリントです。ミーティングお邪魔して―――」
「樹里ちゃん?」

さっさと帰ろうと田中に被せた私の言葉が、さらに被せられるとは思ってなかった。驚いて視線を向ければ、体育館に立つバレー部部員のなかに相変わらずの可愛らしいそばかすを持った子がいた。

「…忠!久しぶり」
「おや、水木さんと山口くんはお知り合いですか」

そう問うタケちゃんに、頷くだけの返事をする。忠は再会が嬉しかったようで、にこにこしながら続けた。

「俺、樹里ちゃんが烏野って知らなかったよ!いつこっちに戻って来たの?」
「この春、だよ」
「そうだったんだ!」
「ああ、水木さん、そういえば元々はこちらの出身だったんですもんね」
「えと、まあそんな感じです」

プリントを渡しに来ただけのはずなのになあ。いつの間にか繰り広げられる、タケちゃんと忠と私の会話を、全くの他人のバレー部員の方々のなかでするはめになる。そろそろ、いいんじゃないかな。そう思うけど、タケちゃんはすっかり、「人と人とは思わぬときに計らぬ形で再会するものですね」っとポエミースイッチが入っちゃってる。切り上げ時は自分で作るかと思った矢先、忠がまた喋った。

「樹里ちゃんが戻って来ること知ってた、ツッキー?」

その一言で、私の視線も部員の視線も、忠の隣にいる長身に向かう。だから、長居なんてしたくなかった。会わない間にまた、背伸びてる。私なんて、中一から身長変わってないのに。眼鏡越しの目が、不快感をまるまる私に向けてる。

「知らないよ」

忠はそれで地雷を踏んだことに、気が付いたらしい。そして、部員のひとたちも場の空気が重々しくなったのを察したらしい。田中の後輩の小さい子ですら、微妙な表情だし。ああ、もう、いやだなあ。

「ごめんね、ツッキー」

そう言うと、目を逸らされた。苛立ちが表情に出てる。…そりゃ、そうだよね。さあ、もういい加減帰ろう。「じゃあ、先生プリントお願いします」って、タケちゃんに言えば、「丸つけして明日お返ししますね」って言われた。

「部活中、失礼しました」

去り際に、誰に向かってでもなく頭を下げて体育館を後にした。