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「田中ってさー、本当に馬鹿なんだねえ」
「お前だって、補講うけてるじゃねーか!」

放課後の教室。さっきまで座ってた現国のタケちゃんが校内放送で職員室に呼び戻されていなくなったのをいいことに、教卓に腰かけて田中のはげ頭を高い位置から眺める。

「私は田中とは状況が違いますよーだ」

大人の都合でいきなり烏野に転校することになって、前にいた学校は東京で私立だったから、使ってる教科書もカリキュラムも違ってるのに、転校早々に他の学生と一緒に受けさせられた、春休み開け全教科テストで人生初めての赤点を取った。

さっきまでいたタケちゃんにはテストの日に、「水木さんはイレギュラーなケースだから、結果は気にせず、力試しだと思って受けてみてください」なんて優しく言われたのに、私の担任教師兼学年主任はどうもそうするつもりはなかったらしい。

まあ、別にいいんだけど。放課後ってすることない。宮城での生活は暇だ。

「あーもう、水木答え写させてくれよ」
「えー」
「俺、部活あんだよー!」
「がんばれ」

私はといえば、このあとどうせ家に帰るだけだし、タケちゃんが職員室から戻って来て丸付けしてくれるのをのんびりと待つのになんの支障もない。昼休みに友達がくれたグングンバーをかじりながら、なかなか動かない田中のペンを眺める。

「田中さー」
「…んだよ」
「問題全然解けてないよ」
「知ってるわ!」
「部活早くいかなきゃいけないんじゃないの?」
「手伝う気ないなら、話しかけんな!集中できねえ!」
「怒られたー」

けらけら笑えば、田中に消しゴム投げられた。私の肩に当たって勢いが死んだ消しゴムはころっと床に転がった。しょうがないな。とんっと床に飛び降りて消しゴムを回収してから、田中の隣に座る。

「で、どれが分からないの?」

消しゴムを田中の机に置きながら聞けば、さっきまでとは打って変わって仏でも見るような眼差して私を見ていた。

「水木先生、いや水木さま、明日、学食驕りやす」
「ほんとー?ありがとう」

教えてて思ったのは、田中は馬鹿。中途半端に分かってるって思ってるから答えが違うことが理解できないとかじゃないくて、ただただ純粋に馬鹿。途中でなんか疲れちゃったから、ほとんど答えを教えるようになった。

「終わり―!いえーい。樹里あざす。これで後はタケちゃんに提出したら、部活出来る」
「はい、お疲れさま!私は教え過ぎでしゃべりすぎで喉が渇きましたー」
「…はあー?」
「誰のおかげで部活行けると思ってるのー?」
「ですよねー」
「飲むヨーグルトがいい」
「お前よく、昼フツ―に食ってグングンバー食べた後に、まだ飲めんな」
「カルシウムカルシウム。で、タケちゃんはいつ戻って来るの?」
「確かに。職員室行ってみっか」

その言葉に賛成して、お互いに荷物をまとめて職員室に向かう。が、タケちゃんの姿はないし、どうやら他の二年の先生も出払ってるらしく代わりにプリントも受け取ってもらえなかった。

「武田先生は、体育館に向かってたぞー」

タケちゃんが体育館?確かに緑のジャージ着てるけど、全身が文科系インドア派っていう感じの姿を思い返して、首をかしげる。

「タケちゃん、俺らの顧問だからな」

失礼しましたーと職員室を出たところで田中が言う。へえ。

「俺らって、田中部活なんだっけ?」
「言っただろ?」
「いつ?」
「初日の、自己紹介タイム!」

そうだっけ?そのときは、田中のことをすごい元気な坊主頭としか認識してなくて、自己紹介の内容とかろくに聞いてなかった。

「で、何してんの?」

坊主だから野球部って思ったけど、体育館ってことは違うんだよね?バスケ?いや、顧問タケちゃんだし、……卓球とか?