09

「………あ、研磨ごめん。死んだ」
「…うん」
「……………」
「……………」

クロさんと二階席に上がると他のメンバーは、がやがやとすでにお昼を食べてた。クロさんはその輪に加わった。私は、すでに食べ終わって隅っこにいた研磨とスマホで協力プレイのできるゲームを始める。昔からゲームをやってる研磨と違って私は去年研磨と同じクラスになってから見よう見まねで始めたから、あんまり上手くない。いまもあっさり敵にやられちゃったし。私は、研磨が負けるまでただぼうっとするしかない。

でも、それが嫌じゃない。研磨とゲームをするのは、手段であって目的じゃない。ゲームはあくまで私と研磨の媒介。私は研磨の近くに座って、ぼうっとするのが好きだった。話さなくてもいい、というか話しかけないでほしいっていう研磨の雰囲気が楽だった。

それから数分して、「負けた…」と研磨が呟いた。「残念でしたー」と視線は空っぽのコートに投げたまま言うと、研磨が珍しく私の方をまっすぐ見てきた。研磨が視線を投げるのは、観察してるときか、何か言いたいことがあるとき。

「…なーに、研磨」
「烏野の11番、樹里の知り合い?」

あー本当に、目ざとい。

「なんで、聞くの」
「あいつ、コートチェンジの時とか休憩のときとかよく樹里のこと見てるから」
「そう…?」
「樹里もあいつのこと気にしてるみたいだし。もしかしてあいつが、幼馴染?」

さすが、研磨だなあ。

「クロも気づいてると思う。まあ周りのみんなも少しは気になってるみたいだけど。それに12番は11番の空気読んでるっぽいね…」

それだけ言って、研磨はまたゲームを再開させた。休憩終わるまであと10分。



「あの、」

2試合目の1セット目の烏野のタイムアウト。手早くメンバーにドリンクを渡してから、烏野のマネージャーさんに声を掛ける。髪を耳に掛けながら振り返った彼女を見て、猛虎が朝してきたチャットを思い出した。私から見ても、とてもきれいな人だ。

「えっと、二年生だよね、田中と同じ学年のはずだから」
「はい、あの私、水木樹里です」
「私は三年の清水潔子です。それで樹里ちゃん、どうしたの?」
「実は今から、近くのコンビニに行こうと思ってて。うちの、うちっていうか音駒のことなんですけど」
「聞いてるよ、今日は音駒のマネージャーなんだもんね」

にこりと笑う潔子さん。

「まあ、それでうちの選手、今日どれだけ試合するか分かってなかったからお昼しか持ってきてなかったみたいで。監督が三試合目入る前になにか『簡単に食べれるもの烏野さんのぶんも一緒に買って来い』って」

「お金をくれました」とにんまりして、手に持ったお財布を掲げる。「そんな、悪いよ」と言うけど、「うちのおじいちゃんが気前いいの珍しいから、甘えてください」と畳みかければ、潔子さんはいったん自分のベンチに戻ってタケちゃんとコーチらしい金髪さんと話し始めた。会話を終えた潔子さんは私を振り返ってOKサインを作った。その横でタケちゃんがめっちゃ頭を下げてる。体育館の入り口を指さした潔子に頷く。そこで待ち合わせるということだと思う。

「じゃあ、君たち残りも頑張ってね」
「え、樹里帰んのかよ」
「あちらのマネージャーさんとデート行ってくる」
「はあああああ?!」

冗談で言えば、猛虎が本気で悔しそうな顔をした。



「樹里ちゃんは音駒にいたときはマネージャーやってたんだよね?」
「はい、でも普通のマネージャーとはちょっと違くて、合宿とか、公式戦の前だけ」

音駒に入学して、クラスが一緒だった研磨となんとなく話す様になって、そしたらしょっちゅう研磨に会いにくるクロさんと知り合って、バレー知ってるって分かったら余計絡まれるようになって、そしたら別のクラスの猛虎に廊下で話しかけられるようになって、気が付いたら放課後部活に付き合わされるようになって、いつの間にか練習試合に連れていかれるようになって、みたいな。

「いらっしゃいませー」

コンビニについて、潔子さんとあれこれと話しながら栄養バーやスポーツドリンク、それから少しだけお菓子もかごに入れる。

「アイス、あったらみんな喜びますよね?」
「え、でも買い過ぎじゃない?音駒の監督さんに悪いよ」
「大丈夫ですって!おじいちゃん、おつりなんて数えないから」

冷凍コーナーからファミリーパックのアイスの箱ををいくつかとそれから菓子パンを自分用に取ってレジ台に乗せる。うわー初めてこんな大きい金額コンビニで見た。まあ、猫又先生のお金だしね、みんなのためだし。

「いいよ、樹里ちゃん。こっち私が持つから」
「いえいえ、お気になさらず。あとで田中に怒られるのもいやだし」

ね、っと笑えば潔子さんは釈然としてないようで首を傾げたけど最後は「ありがとう」って言って軽い方のコンビニ袋を持った。

潔子さんは意外に、話してみると良く話すひとだった。でも声は優しく落ち着いてるから聞いてて疲れない。体育館に戻ると、ちょうど2セット目も終わったところだった。

「おやつ、タイムですー」

体育館の入り口から、それぞれの監督の前に集まるメンバーに言う。烏野の監督は選手たちに何か言うと、みんなおじいちゃんの方に向かって「ありがとうございます」って大きな声で言って頭を下げてた。その迫力を、研磨が嫌そうにしてるのが見えて面白かった。

「アイスもありますよ」

ぞろぞろと体育館から出て、ロータリーに来た集団に向かって言う。みんな続々とアイスを箱から選び始めた。どっちの学校の選手も一通り、アイスと潔子さんから飲み物とスナックを手に入れて、食べ始めた。8本ファミリーパックで買ったから、みんなに行き渡っても余る。二本目欲しいひと探そうと、さっと、目を走らせると、蛍がひとり座って、スポドリを飲んでた。そう言えば蛍取りに来てない気がする。そっと前に立ってアイスの箱を差し出す。

「ツッキー、アイスあるよ」
「…いらない」
「溶けちゃうし、もったないよ」
「………」

すごい、嫌そうな顔してる。この間の蛍と同じだ。なんでここにいんの、みたいな。前みたいなのは嫌だな。そう思って、アイスは他の誰かに食べてもらうとみんなの方に戻ろうとすると「ねえ」と呼び止められる。

「なに?」
「…僕の、樹里が食べればいいよ」
「え、いいの」
「僕はいらないけど、君なら食べれるでしょ」

「それ食べたあとでも」って私がアイスを持ってるのとは別の手で持ってた菓子パンを指さして、馬鹿にしたように言う。

「ありがと…」

とりあえずお礼だけは。蛍が眼鏡越しにぐっと見上げてきたとき、「樹里、アイスお代わり!」って猛虎に呼ばれる。「はいー」って振り返って返事をしてもう一度蛍に向き直ると、もういつもの冷めた目線になってた。

「何か言おうとした?」
「何も」
「そう…。じゃあ私あっち行くね」

猛虎の所にアイスを配ると、「水木アイスまだあるか?」って田中も来た。二人を見て、「ああ!」って納得する。

「なんだよ、急に」
「いや、田中と初めて話した時から誰かに似てるなーって思ってたんだけど」
「おう」
「猛虎だ!」

二人を見て笑えば、田中に肩パンされそうになる。

「こんな奴と似てるなんて御免だ」
「こっちこそ御免だ!」

ほんの冗談で言ったつもりだけど、二人はお互いにヤンキーみたいな顔作っていがみ合ってる。なんでこの二人、今日会ったばっかりのはずなのにこんないがみ合ってんの。