08

さすがに、驚かないわけないでしょ。2週間も話してない相手とまさか合宿の練習試合で会うとか。しかも、相手チームのジャージで現れるとか。出来過ぎた偶然だよ、ほんと。

話を聞く感じ、向こうの主将さんが樹里に来るように言ったみたい。ジャージ着てるのは、部外者って言われないための対策か。樹里が、対戦相手がうちだとは聞いてなかったのは、僕と会ったときの驚き方からも明らか。山口も田中さんもびっくりして相手チームにいる樹里をちらちら見てるし、日向もつられてそわそわし始めたのを、鵜飼コーチが一喝してなんとかウォーミングアップに戻る。

「なにがどうなってんだ、田中?」

ボールをさばきながら、澤村さんが田中さんに聞く。

「あー俺も良く分かんねーんですけど、音駒のジャージ着てるの烏野のやつで春に転校してきたばっかなんですけど、ほらこないだ一回体育館に来たこともある」
「ああ、通りで見たことがあると思った」

菅原さんが頷いた。

「そうなんすよ。で、こっち来る前は音駒でマネージャーやってたらしく、今日は一日マネージャーみたいな…?」

最後の方は田中さんも首を傾げながら、僕を見てるくる。僕が知るわけないでしょう。



ウォーミングアップを終えて、5分後に練習試合開始。壁に寄りかかって座って、シューズを結び直す。視線を投げるとネットの向こう側に音駒の主将とプリン頭のセッターと話してる樹里が見えた。あの表情。

「…チッ」
「どうしたの?!ツッキー」
「なんでもない」

樹里達に背を向けて鞄を漁ってた山口は、向こう側の様子を分かってないみたい。音駒の主将は鞄からノートを取り出して何かを説明し始めた。何度か頷くと、樹里はメンバーが各々準備をするなか、ベンチに座ってノートを見返し始めた。すると、音駒のリベロが樹里に栄養バーを差し出した。数秒の押し問答があったあと、それを受け取った樹里は笑顔を作る。単純すぎ。すぐ次に、ここに来たとき外で田中さんと言い合ってた人も栄養ゼリーみたいなのを渡してた。その人に対しては、面倒くさそうな顔をしてみせてた。

「樹里ちゃんのこと、気になる?」
「………、なんで僕が気にするの」

いつの間にか俺と同じ方向を見てた山口が隣から聞いてきた。その時、ちょうど集合が掛かった。山口の視線に気が付かないふりして、僕はメンバーのところにいった。




「じゃあ、昼休憩!45分後に再開!」

その声で、ぞろぞろと各々コートを離れる。トイレに行こうとすると、角を曲ろうとした先の廊下で立ち話する樹里と音駒主将が見えて、反射的に手前で足を止める。

「どう思う、今年の俺ら」
「いいと思いますよ」
「ざっくりだな、おい」
「いや、ほんと。クロさんが主将になってから、研磨のトスが生きた試合ができるようになったと思いますし。初めて会ったけど、一年生もみんないい子そうだし」
「おう、特に今日の研磨いつもと違うしなぁ」
「烏野の一年生に刺激受けてるみたいですよね」
「それもあるけど。今日はお前がいるから」
「え、私ですか」
「おう、研磨に今日#おなえ#が来るって言ったら、お気に入りのゲームのリメイク版出たときみたいな顔してたぞ」

なんなの、その例え。

「あはは、でもリメイクって当たりはずれありますから」
「出たよ樹里ちゃんのネガティブ。まじで、研磨はお前が来るから、なんかいつもより調子いいぞ」
「研磨はクロさんがいれば大丈夫でしょ」
「どうだかな。で、お前は?」
「はい?」
「電話のときも思ったけど、お前はどうなの?」
「大丈夫ですけど?」
「本当かよ」
「ほんとですって」
「どうだかな。なんかあったらクロさんに相談しろよ?」
「なんかあったとしても、研磨とか夜久さんのにしますよ」
「はあ、ひどくね?!」

樹里の笑い声が響いた。

「それより、クロさんお昼良いんですか?早く食べないと、消化遅くて試合中気持ち悪くなっちゃいますよ」
「樹里は?てか、お前寝坊したけど、朝飯食えたの?」
「来てから夜久さんと猛虎から、提供してもらいました」
「相変わらず可愛がられるねえ」
「おかげさまで」
「昼は?」
「自販で、ミルクティーでも買ってしのぎます」
「俺の飯、ちょっとやろうか?」
「いいですよ、午後も試合でしょう?選手からエネルギー奪えませんよ」
「夜久と山本からは奪ってるけどな」
「夜久さんにははじめ断ったけど。引かないからありがたく受け取ったんです!猛虎は、変なリクエストしてきたからその代金として」
「変って?」
「『今日一日、烏野のマネージャーさんに負けないくらい、美しくいろ』って」
「なんだぞりゃ」
「ですよね、だからもらうだけもらって、何にもしてないんだけどね」
「それでいいんじゃねーの?お前ははじめっから、音駒の美人マネなんだかし」
「だから、違うって何度も言ってきたじゃん…」
「知らねえの。山本も俺たちも、たぶん他校の奴らもみんなお前のこと美人だって思ってぞ?」
「はいはい、お昼食べにみんなの所戻りましょう」
「はい出たー樹里の照れ隠し」
「うるさい!」

声が遠のいて言った角から顔を出せば、樹里が主将さんに頭をがしがしとやられて、樹里はその腕を掴んで抵抗しながら、二人で二階席への階段を登るところだった。

その姿に、いらいらする。あの赤いジャージは、樹里が東京の学校に通ってた確かな証拠。新しい場所で新しい人たちと仲良くなって。それは僕が知らない樹里の時間。

「ツッキーいた。お昼食べないの?」
「…うん、食べるよ」

後ろから現れた山口に振り返らないまま返事した。