ロンは手紙を受け取った。しばらく封筒の宛名を見ていた。

『モニカ・ポートマン医師』

そう書かれた封筒には切手が貼られていた。消印は昔のものだった。しわくちゃの手紙は僕が読む度に平らにしてきたので今は皺の痕があるだけだった。ロンは難なく封筒から便箋を取り出した。畳まれた紙を開いて、それを読んだロンは眉を顰めた。寛いだ姿勢を正して紙をテーブルに置いてからじっと見つめた。それからもう一度手に取って今度はさっきよりもより丁寧に目を通した。二つ折りされた紙の中央にはたった数行書かれているだけで、読むだけなら僅かな秒数で終わるくらいだった。それでも、ロンがそうやって険しい顔を作ってしまうには十分な内容なのを僕は知っていた。

「…なんだい、これ?」視線を上げたロンが聞いた。
「分からない」
「でも、…だって、一体どういうことだ」

ロンはもう一度、確かめるように手紙を読んだ。今までに僕も何度も何度も読み直してきた。内容を暗記していたし、今では手書きの癖まで真似できるくらいだった。

「これ、どうやって手に入れたんだ?」ロンが時間を掛けて手紙を読んだ後、僕に聞いた。
「九八年の夏かな。シリウスの家を片付けに行ったんだ」
「聞いてないぜ?言ってくれたら手伝ったのに」
「分かってる。でも、その必要がなかったんだ。荒らされてたのは全部クリーチャーが片付けてくれてた」そう言うと、ロンが口笛を鳴らした。
「だったら、尚更声掛けてくれよ。片付けしなくてすむなら御の字だろ?」そう言いにやりと笑うロンにつられて僕も少し笑った。
「ああ。びっくりするほどきれいに片付けられてたよ。クリーチャーが言うには、ヤックスリーがシリウスの屋敷に入った後、他の死喰い人も現れて相当荒らしたらしい。家具も壊されてたし、食器や小物も床に散らばってたんだって。そういうのもできるだけ元に戻して、本は年代順、手紙は差し出し人順って感じで整理までしてくれてたよ。マグルの物は一か所にまとめられてて、その中にこの手紙もあった」

クリーチャーはペンダントをあげたあの時から、僕に対する行いが随分と柔らかくなった。マグルらしい物を捨てないで一か所に(それが玄関脇の掃除用具を入れる小部屋であっても)まとめて取っておくなんて、以前では考えられない事だった。それに、「あの方達は、奥様やレギュラス坊ちゃまの時代からあったものや、残された旦那様のものをめちゃくちゃにしておきながら、あ、あの女が…」「だからモニカと呼べばいいだろう?」「どうしても!こればかりは無理なのです。ですから、あの、あの…お、お嬢様が、持ち込んだマグルの品物には、あの方達手すら触れてないようで!こんなおかしなことがあるのでしょうか、ハリー様?」という会話だって、クリーチャーなりに前進したことが分かる。

「へえ。そりゃすごい」
「だから、わざわざ言う必要もないと思ったんだ」

クリーチャーが、あそこまで屋敷を綺麗にしたのは驚くべきことだった。クリーチャー自身が見違えるように屋敷しもべ妖精としての本領を発揮しているのは事実だった。ただ同時に、あの年僕がみんなと綺麗にしながら夏と冬を過ごしたどこか古めかしい屋敷ではなくなったような気がして寂しくなった。結局、あの屋敷にいるとシリウスの事を思い出さずにはいられない。綺麗になった屋敷を順々に説明するクリーチャーに感謝して帰ろうかと思った時、ちょうどシリウス部屋に差し掛かった。クリーチャーは「この部屋はあまり掃除ができてませんで…」と歯切れの悪いものだから、開けて入って見れば確かにその通りだった。部屋の至る物に積もった埃や、角に出来た蜘蛛の巣、垂れて固まった蝋は取り払われていたけれど、それだけだった。どうやら、クリーチャーにとってシリウスという存在は変わらないらしかった。もしシリウスがクリーチャーに対する態度を変えていたら。考えても遅いことだった。けれど、この部屋はそう考えさせる部屋だった。つまりは良い思い出も、それから悪い思い出もシリウスの屋敷には詰まっていたし、あれこれ考えずにはいられなくなる。だから、今でもロンやハーマイオニーを連れていかなくて良かったと思っている。

「まあ、それで」ロンが手紙を掲げて言った。「君はこれを見つけた。ずっと昔に見つけて、今僕に見せた。モニカの子供が見つかったっていうタイミングで。どうしてだい?」
「本当は誰にも見せないままでもいいって考えてた」僕は息を吐いてから続けた。「本当に黙っていても良かったんだ」

モニカは皆に好かれていた。ロンも好いていたし、僕だって好きだった。もっと話す時間が欲しかったと思っている。そんな人だからこそ、今更誰かに知らせる必要はないと思った。

「君が言ったように、あの年の夏と冬は僕達がモニカを知るには十分だったかもしれない。でも、あの子にとっては十分じゃあない」

かつて僕が両親について知りたかったのと同じだ。人が言ってくれたほど素晴らしい人間でなかった時期が父さんにあったと知った時は辛かった。けれど両親について何も知らない事はもっと辛い。僕はそれを知っている。

「それじゃあ…」ロンは息を吐いて、僕を見て続けた。「これからどうする?」

答えを求めるように、ロンは手紙を僕の方に押しやった。改めて僕はそれを読んだ。

『今夜、あの場所に。
あなたに今一度、事実を知らせよう。
彼女を闇の陣営に売ったのはあなたで、
あの日あなたの命を救ったのは私だ。
救ったのと同様に、
私にはあなたを殺すことだってできる。
S.S.』


どれほどの痛みでも構わない


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