「僕の家、この角を曲がった所にあるんだ」
「嘘つき。そこはずっと昔から空地だって、パパが言ってた!」
「嘘じゃない!角を曲がれば家があるんだ。そこで僕もじいちゃんもばあちゃんも暮らしてる!」

大きい声が出てしまう。かっとなって顔が赤くなっていくのが自分でも分かる。踏みつけた地面に転がる小石が僕の靴の下で暴れてる。

「嘘なんかつくなよ。僕、帰る。君とはもう遊ばない」そう言いわれて、僕はまた友達を失くした。

僕は友達が消えてった方向を向いた。戻ってきてくれないからと期待する。右足を退ければ、靴の下にいた小石がポップコーンみたいに地面で跳ね上がった。今日は風が強い日だけれど、だからって石が跳ねる訳ない。

僕は嘘をついてない。どうやったら信じてもらえるんだろう。この事を、じいちゃんとばあちゃんに話したいけど、言ったら二人はまた怒るんだろう。二人は僕達の住んでいる家について話す事が嫌いだ。二人はひっそりと暮らしたいから、誰にも家の場所を知られたくないらしい。でも僕は友達と家でも遊びたい。いつも公園や友達の家で遊んでる。友達の家には、家族写真が飾ってある事が多くて友達はみんな父親も母親もいる。

じいちゃんとばあちゃんはこの話も嫌いだ。どうして僕の家には家族写真がなくて、どうして僕には両親がいないのか聞いたら怒られる。二人はこの話をしたがらない。僕がどんなにしつこく聞いても絶対に教えてくれない。

さっきみたいな事が僕の周りではよく起きる。怒ったりすると特にそういう事が起きやすい。例えば、庭の花が突然枯れたり、部屋の電球が変に点滅したり、皿が勝手に割れたりする。レコードを置いてないのに勝手に蓄音機から音が流れたりもする。そういう時、じいちゃんとばあちゃんは表情を変える。

これから家に帰って二人に、僕の足の裏で小石が勝手に動いたなんて話したら怒るに決まってる。もうすぐ十一才になんだから、いい加減おかしな話をするのはやめなさい。きっとそう言うに違いない。でも、二人は考えた事がないんだろうか。僕は「もう十一才」なんだから、本当の事を正直に話してるって。

「それ、君がやったの?」

後ろから声を掛けられて肩が上がる。振り返ると、古臭い恰好をした男の人が立ってた。

「…何が?」

僕はわざと顎を上げて冷たく言った。知らない人とは話しちゃいけないって二人に言われてる。それに話した内容が、僕の「おかしな」事だって知ったら、二人は怒り狂うに決まってる。二人はこの事を他の誰にも知ってほしくない。

「その石。君が動かしたのかい?」眼鏡を掛けたその人は、声を掛けられて驚いた拍子に動くのが止まった石を指さして聞いてきた。
「だったら、何だって言うんだ」
「他にも君の周りではそう言う事が起きるのかな?」
「関係ないだろ」

何だかおかしな会話だと思った。僕は向こうの質問に答えてないし、向こうは僕の返事を気にしないで話を進める。

「実は、僕にも昔同じような事が起きてたんだ」
「…へえ?」
「本当だよ。ほとんど丸刈りにされた髪が元通りに伸びたり、一晩でね。いつの間にか学校の屋根にいたこともあったな。それに、動物園のヘビの展示ガラスを消したこともあるよ」

そう言って、その人は笑みを浮かべた。僕の警戒心が小さくなっていった。この人はそんなに怪しい人じゃないかもしれない。

「そう言う事して怒られなかった?」
「怒られたよ。コテンパンにね。でも、自分では止められなかった」
「それから?」
「…手紙が来た」僕の質問に困った顔をしてその人は答えた。
「手紙?」
「うん。でもこの事を話すと君の祖父母に怒られてしまうから」

その時風が吹いた。落ち葉が巻き上げられるほどの強い秋風だった。その人の元々クシャクシャだった髪がもっと目茶目茶になった。

「その傷痕、格好良いね」僕は何とか髪を整えようと手で直しているその人に言った。
「ありがとう。君も恰好良いよ。君のお父さんにそっくりだ」そう言って笑った。「それじゃあ、僕はもう行かなきゃ」

その人は僕の横を抜けた。あれ、と思う。僕は振り返ってその人の背中に向かって問いかけた。

「どこから来たんだ?」
「え?」その人は眼鏡を押し上げながら、困った顔をして振り返った。
「だって、この道の奥には僕の家しかない。でも僕達以外知らないはずなのに」
「…どうしてだろうね。いつか、訳を知る時が来るよ、きっとね」まるで謎々を出されて気分になった。
「いつかっていつ?どうして、手紙の話をするとじいちゃん達は怒るだ?」僕は立て続けに聞いた。「それに、―――あなたは僕の父さんを知ってるの?あなたは誰?」

その人が「うん」と答えた時、また風が吹いた。とてつもなく強い風で、僕は埃が入らないように目を瞑った。「今は何も話せないんだ。けれど、きっとそう遠くないうちにまた会えるよ」それじゃあ何の答えにもなってないじゃないか。僕はその人に怒ろうと思った。だけど、突風が止んで僕が目を開けるとそこにはもう、誰もいなかった。


いつか知ること


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