僕は今、もう会うはずもないだろうと思っていた人間の前に立っていた。彼等と初めて会った日の別れ方を思い出して、少しばかり居心地が悪かった。彼等が僕を歓迎していないのは明らかだった。玄関で僕を見ると厳しい視線を作った。あれから時間が経っていたけれど、二人の態度に変わりはなかった。

「何なんだ?」玄関で向かい合ったまま、男性が不愉快だと言わんばかりの表情で僕に言った。
「お話があって来ました」
「また話か。君の話はもう何年も前に聞いたよ」
「違います。今日は、あなた達が僕に隠していた事についてです」
「何の事だか、分からんね」
「お孫さんについてです」

僕はなるべく穏やかな声で言った。男性はぴたりと固まった。女性は彼の腕に捕まり、息を飲んだ。

「どうしてそれを…」彼女は不安そうに、夫に問いかけた。
「あなた達はご存じのはずだ」僕は彼の代わりに答えた。「もうじき彼に手紙が来る事を。彼の名前は生まれた時から名簿に載っているんです」
「だったら」深く息を吐くと、男性は口を開いた。「だったら何だって言うんだ?私等は、あの子をあんな学校に行かせるつもりはない」

僕はふと、自分が手紙を受け取った時の事を思い出した。

「あなた達は彼に何にも話していないんですね」
「何を話せと言うんだ?」彼の口調は落ち着いていたが、その冷たさがかえって、彼の怒りを表していた。
「彼には、自分が何者なのか知る権利があると思います」
「私達にはあの子を守る義務があるんです。危険から守ってあげなければならないんです」そう答えたのは、女性だった。
「学校が危険だとでも思ってるんですか?」
「前にあなたがご自分で話したじゃないですか。学校で何があったか。娘にしたって、あそこに行って変わってしまった」
「確かに僕はそうお話しました。けれどこうも言いましたよね、もう危険はないと」
「だとしても、私等は」男性は妻の肩を抱いて僕を見た。「あの子を、いかがわしい学校に通わせたりはしない」
「彼の両親がそれを望むとお思いですか?」
「…あの子に父親はいなかったわ、生まれた時から」
「あなた達は、彼に父親の事も話していないんですか。彼がどれほどの人間だったのか」

実の所を言うと、僕には彼の父親が誰か確証はなかった。あるのは、そうであって欲しいと言う希望とそうであるはずだと言う自信だった。

「彼は知りたいはずだ。本当の事を全て。父親の事も母親の事も。それに彼の周りでは、不思議な事が起きてるんじゃないですか」そう言うと二人の視線が一瞬下を向いたのを僕は見逃さなかった。「それがどういう物なのか、学校で学ぶ事ができます。彼の両親も学んだ同じ場所で多くの事を学べるはずです」僕は辛抱強く言った。
「あんな所で何を学ぶと言うんだ?親不孝のやり方か?それとも早死にの方法か?」

彼の言葉は彼の両親に対する侮辱だった。僕はポケットにある杖に腕が伸びるのをぐっと堪えた。

「あなた達が想像もできないくらい素晴らしい事を」僕は叫んでしまわないのうに、一語一語を慎重に発した。
「もう沢山だ!」男性は僕に向かって声を張り上げた。「帰ってくれ。君の話などもう聞きたくない」

彼は僕を追い立てた。半ば無理やりに僕は玄関から押し出された。僕は彼等に振り返ると叫んだ。

「あなた達が望むと望まざるに関わらず、手紙は届きます。受け取らないなら、僕が直接届けに来たって良い!彼には知る権利がある。自分が―――」

その先を言う前に玄関の扉は閉ざされた。


音がきこえないのは耳を塞いでいるから


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