「君と僕はうまくやっていけると思うよ」

そう告げれば、彼女は近くで動かなくなった小鳥を気にも留めず、手の甲でぞんざいに口を拭うと、優美な笑みを浮かべた。





聖人はいません




ナマエが湖の近くの木立ちのそばで、大広間から持ち出したであろうサンドウィッチを頬張っていた。くたびれた紙に包まれたそれを大きな口を開けて噛みつき、間に挟まったソースが口の端に付くのも野菜がパンの間から滑り落ちてローブを汚すのも気にする素振りを見せない。なんというか、決してのぞき見するつもりはなかったのだけど、茂みの間からこうして見る彼女と、僕に告白してきた彼女の像がどうも一致しない。彼女はいつも繊細で穏やかでどこが儚げで脆かった。そう、僕に告白してきたあの時も。










「リーマス、いまいい?」

大広間での夕食のあと、談話室へ帰ろうとしたときに彼女に呼び止められた。たまに授業でペアになったり、大広間で隣になったりしたら話をするような関係のナマエ。それでも、僕は彼女の声が優しく響くのを知っていたし、彼女がものを丁寧に扱うと知っていたし、人間にも動物にも温かく接することを知っていた。ふとした瞬間の動作からも彼女の育ちの良さがうかがえた。彼女に好感を持っていた僕としては、彼女に声を掛けられて嬉しくないはずがなかった。

「うん。どうかした?」
「あの、できれば二人きりで…」

聞き取るのがやっとの小さな声でつぶやいた彼女は、足元に視線を向けてカーディガンの裾をいじっていた。ジェームズたちと別れ彼女の申し出通り誰もいない小さな教室に入る。扉を閉めれば大広間の喧騒が聞こえなくなった。向き合った彼女は、月明かりに照らされてとても美しかった。

「あのね、」

彼女が甘みのなる声で切り出した。

「突然で驚くって分かってるんだけど…。どうしても伝えたくて」
「………」
「私、あなたのことが好きなの、すごく」

付き合ってください、と言った彼女の瞳はうるんで輝いていた。涙を浮かべている彼女を優しく抱きしめてあげたかった。と同時にその瞳がもっともっと切なく揺れればいいとも思った。満月でないのに、僕のなかを流れる獣の血が内側から目を覚ますのを感じた。

「僕は…、」

何を言えばいいのだろう。僕も好きだと言ったらいいのだろうか。ドクンと血が心臓を打った。彼女のようなひとに、僕はふさわしくない。はんぶん化け物のような僕は、彼女を汚すことしかできないし、それすら許されるべきではない。

「君とは付き合えない」
「…どうして?私、あなたも同じ気持ちなのかもって、違った?」
「違くないよ。むしろ…」
「むしろ、なあに?」
「僕も君のことが好きだよ」
「じゃあ、どうして?」
「僕は…、つまり、シンプルな話じゃないんだ」
「シンプルよ。両想いなのにどうして付き合えないの?」
「君は品があって優しくて、なにより誰からも愛されてる。僕とは違う」
「そんな、どうしてそんなこと言うの」
「僕には分かるんだ。君と僕なんかじゃ上手くいきっこないって」

彼女の瞳から溢れた涙が頬をつたった。彼女の濡れたまつ毛が薄い光の下で震えているのに耐えられなかった。











サンドウィッチを頬張る彼女は僕のことを気づいていない。今まで見たことがない彼女の姿に目も奪われていると、どこからか小鳥が数羽飛んできた。恐らくサンドウィッチのパンくずのおこぼれをあずかりに来たのだろう。ふわりと彼女のそばに着地すると、甘えるように鳴いた。すると彼女は杖を取り出して小鳥たちに向けた。か細い音を立てて小鳥たちは芝の上に倒れた。それを彼女は一瞥して、またサンドウィッチにかぶりつく。見てはいけないものを見てしまった気がした。心臓が激しく鼓動した。ドクン、ドクン―――。血が僕の中を巡れば考えが浮かぶ。彼女も一緒じゃないか。僕が何食わぬ顔で友人を作り満月のたびに姿を現す怪物をごまかすのと同じ。彼女もワルツを踊るような仕草の裏に野蛮な一面を隠していた。それだけのこと。

「考えが変わったよ」

茂みから姿を現した僕のことを彼女はさして驚かなかった。彼女の一番の問題はサンドウィッチだというように、それを咀嚼している。飲み込み終えるとやっと僕と向き合って、「それで?」と問うた。

「君と僕はうまくやっていけると思うよ」

そう言って僕は笑い、彼女はほくそ笑んだ。