「惨めね」

深夜の談話室、緑の薄明かりの下でまっとうな学生なら決して手に取らないであろう本を広げている彼を女子寮の階段からしばらく見ていると、いつの間にか言葉が口から出ていた。彼は間違いなく私の声が耳に入ったようで、驚きでわずかに見開かれたその目で私のことを振り返った。

「何か言ったか」
「二度も言わせる気?」

片眉を吊り上げて問えば、鼻先であしらわれた。

「こんな遅くまでお勉強だなんて、あなたレイブンクローに入るべきだったんじゃないかしら?」

音もなく彼の隣の肘掛け椅子に座り問いかける。薄暗い光の下でも彼の頬にできた新しい傷痕を見ることができた。ポッターたちが付けたそれに手を伸ばして触れようとすれば寸前で叩き落とされてしまう。乾いた音があまりにも心地よく私たちの間に響いた。あら、半純血のプリンスのご気分を害したかしら、と行き場をなくした手を引っ込めて笑えば、殺意の込められているような視線で射抜かれた。

「帽子は僕をスリザリンに選んだ」
「で、帽子は彼女をグリフィンドールに選んだんだったわね」
「何が言いたい?」
「別に?ただの思い出話よ」
「君に彼女のことを話す権利はない」
「私が誰のことを話そうと自由でしょ?」
「僕が許さない」
「貴方に許しなんて請わないわ」
「言葉が過ぎるぞ」
「そんな熱くならないでよ。あんなグリフィンドールの穢れた血のどこが良いって言うの」
「彼女のことをそんな風に呼ぶな!」

彼のローブから引き抜かれた杖が私ののどに押し当てられる。背筋が凍るような彼の重い声色とは対照に、杖先からは彼の内側にある黒くて激しい感情の熱が感じられるようだった。

「…いつまで認めないでいるつもり?」

あなたがどんなに彼女のことを思っても、あなたが今のあなたである限り彼女の線があなたと交わることはないわ。あなたがしていることを彼女がいつまでも気づかないとでもいうの?血が穢れているからって気づかないような馬鹿には彼女は思えないけど。

杖の堅い質感を感じながら口から出た言葉は、辛辣さとは裏腹にか細いささやき声にしかならない。それでも静かすぎる談話室には十分で、彼の鼓膜を間違いなく揺らしていた。

「彼女は馬鹿じゃない」
「だったらいずれ気づくわ。もしかしたら、ポッターたちがもう何か吹き込んでいるかもしれないし」
「…ポッターの名を出すな」

彼の杖が一層私の皮膚に刺さるのを感じる。

「いいえ、出すわ。ポッターはあなたのことをよく見ているのよ。あなたがポッターを見ている以上にね。あなたの行動をどう解釈して彼女に話してるかなんて、簡単に想像できるわ」
「僕がなにをしているかなんて、彼女は気にしないはずだ」
「本気でそんなこと言っているの?あなたはよほどの楽天家か、恐ろしいくらいの間抜けね」

そこまで言えば、彼はゆっくりと杖を下ろし、代わりに鋭い視線で私を非難した。

「何が気に入らない?」

先ほどまでの会話とは違い嫌なくらいに理性のある低い声が問う。

「分かってるでしょ!」
「生憎、僕は間抜けのようだからね」

彼の黒い瞳には私の読むことのできない何かが浮かんでいて、それが私の感情をひどく荒立てる。気づけば立ち上がっていて、座ったままの彼を上から見ていた。

「あなたよ!あなたはありもしない未来にすがってるわ。あなたはスリザリンでデス・イーター。彼女はなんだっていうの、グリフィンドールでマグル育ちで、取り巻きはポッター、ええ、あのポッターよ。いつまでも彼女があなたに寛容にいるとでも思ってるの?いつまでもあなたたちは友達でいれるって?そんなこと考えてるあなたって惨めよ。―――見るに堪えないわ!」

今まで口に出すまいとしてきた言葉は一度出てしまえば、むしろ止める方が難しかった。それなのに、一言一言溢れるたびに、心が悲鳴を上げる、彼のではなく、私の心が。自分で言って自分の傷をえぐるようなことをしていると分かっていても、口から次々と言葉がついて出た。彼は微塵も表情を浮かべることなく言葉が切れるまで私を見つめるだけだった。

「言いたいことはそれだけか」

独白のようにその言葉を吐いた彼は、私が口を開くよりも先に肘掛け椅子から立ち上がった。もう彼の視線が私に向くことはなく、彼は滑るように軽やかに男子寮の階段を上っていった。彼のローブがはためくのを最後まで見つめていた瞳から、一粒滴がこぼれた。

「セブルス」

姿が見えなくなった彼の名前を呼んでも、もう一度現れることはない。誰にも届かない声は、私の中で反響して、そして談話室の静けさに混ざって消えた。


I crossed what you draw.