「どういうことだ」
「君こそ、一体誰なんだ?」

なんてやりとりをベッドの上で聞きながら、これって世の中でいう修羅場だ、と冷静に分析する。

朝起きてみると、部屋に招き入れた覚えのない学生時代の友人がリビングと寝室の間で仁王立ちして、裸でシーツに包まったマイケルと私を見下ろしていた。勝手に入ってきやがって、あとでシめてやる。

「俺が誰かなんて、お前には関係ないだろ」
「あるに決まってるだろう!僕はナマエの彼氏だぞ!!」

念のため確認すれば、同僚のマイケルは私の彼氏ではない。職場での雑談の延長でたまに食事をして、たまにセックスをして、たまにどちらかの家に泊まる、なんてことがあるだけで、位置づけとしては同僚のはずだった。

「はっ、お前みたいなマグルがナマエの彼氏だって?笑わせるな」
「マグ、マグルだって?」
「お前は何も聞かされてないんだな」

そういって鼻で笑った学生時代の友人、もといシリウス・ブラックは昔から変わらず、ひとを小ばかにするのがお得意で。マイケルは自分が知らないことで恥をかいたと憤慨したようで首まで赤くして私の方を見てくる。彼の勘違い発言で飽きれて何も言えないでいると、マイケルは今度は私を問い詰めてきた。

「おい、奴は誰なんだ」
「誰って、学生時代の友人よ」
「どうして学生時代の友人が君の家にいるんだ」
「それは、どうしてかしらねえ」

まさか君、彼に合鍵を渡していないだろうね?ボーイフレンドの僕が持ってないのに。まさか、君あの男と浮気してるのか?真隣でそんなことをまくし立ててくるので、ベッドから抜け出したいが、脱ぎ捨てた服はシリウスの足元にあって、こんな修羅場のなか裸で男二人の前でそれを拾いに行くのはあまりにも間抜けに思えて、シーツに包まるしかない。

「シリウス、私の家の鍵は勝手に開けないって約束したわよね」
「俺が一度でも約束守ったことがあるか?」

それは自慢げに言うことじゃないだろ、とこの男にも飽きれれば、隣で、君は人の家の鍵を勝手に開けるのか?それじゃあ、なんだ、君は空き巣か?強盗なのか?と、飛躍した持論が展開された。

「は?俺が強盗?」
「頼む、危害は加えないでくれ、僕に、いや、つまり僕たちに」
「あのな、俺はお前なんかに興味はないんだよ」
「う、動くな。ポケットに何が入ってるんだ?ナイフか。いいか、取り出すなよ。この家のあるものはなんだって持っていけ。だから、頼む。僕のことは見逃してくれ」

シリウスがポケットに手を入れた時、マグルなら当然そこに杖があるなんてことは想像にもしないので、彼が声を張り上げた。シリウスにとってはあまりにも馬鹿げた発言だし、この家は私の家でこの家にあるものはすべて私のもの何の勝手に持っていけなんて言われたからとても腹が立っている。

「マイケル、服を着て」
「……え、なんて?」
「服を着て、荷物を持って3分以内に出て行って」
「君、何を言ってるんだい?」
「早くして!」

怒鳴れば、彼は一瞬身体をびくつかせそそくさと着替え始めた。彼は一瞬シリウスを見、シリウスは興味ねえよという顔でリビングに消えた。私はといえば、彼の着替えを見るつもりはないし、だからと言ってシリウスがいるリビングに行くわけにも行かないので、イライラして頭を抱えていた。

衣服のすれる音が止んで、じゃあ僕は帰るけど、連絡して、と頭にマイクがキスをしてきた。うざい、と声に出そうか迷ってるとリビングでシリウスが声を張り上げたので、彼はそそくさと出て行った。玄関のドアが開いて、閉じた音が私のアパート全体に響くと、そのあとは静寂が訪れた。やっぱり、土曜日の朝はこうでなくっちゃ。でも、現実はそう甘くはなくて、シーツから目線を開ければ、直線上にあるリビングのソファーにはシリウスが座っている。

「こっちに来い」

これじゃあどちらがこのアパートの主人かわからないじゃないか。心でぼやきはするものの、いまだにベッドの上で裸でシーツの私は威張るのには情けなさすぎるし、シリウスはテコでも動きそうにないので、諦めてベッドから出ようと決める。こっちを見てくるシリウスに見ないでよ、と言えばまた興味ねえよという顔でそっぽを向いた。それでも私はちらちらとリビングを確認しながら、一番最初に目に入った衣服を身に着けていく。下着、ジーンズ、カットソー、カーディガン。そろいの靴下も靴も視界のなかで見つけられなかったので、半ばどうでもいい気持ちで、素足のままリビングに入ってシリウスと隣に一人分のスペースを開けて座る。

「私、勝手に家に上がっていいなんてあなたに言った覚えはないんだけど」

服を着て、多少の威勢を取り戻したのでそう睨む。

「俺もそんなこと言われた覚えはないけど」
「それは私が言ってないからでしょうね」
「それにしても、お前の家セキュリティーどうなってんの」
「一応、鍵がなければ開かないようにはなってるはずよ」
「はっ、そんなの誰だって開けれるだろ」
「…私、この家では魔法を使っていいなんて言った覚えもないわ」
「厳密には鍵を開ける時はこの家の外から魔法使ったけどな」
「ヘリクツ言わないで」

シリウス・ブラックという男は昔からいけ好かないやつだった。自分の好き勝手に行動して、そのくせお頭がよろしいから周りは一目置くしかなかった。そんな彼と学生時代、仲良くしていた記憶なんて微塵もないにも関わらず、卒業後マグルの世界でひっそり暮らすと決めた私の居場所をどうやってか見つけたシリウスは、ふらりとやってきては私の家のなかでまるで自分の家とでもいうように振る舞う。

卒業後初めて会った日も今日のように魔法を使って私のアパートに勝手に入り込んでいた。そんなことを知らずに仕事から帰った私は、鍵を開けたらあるはずのない人の気配を感じておののいた。そんな経緯があって、この家では魔法を使うことを禁じた。そうすると今度は不定期に私の家を訪れるようになった。残業を終えてやっと帰った時に部屋の横で佇んでいたり、休日の昼間無遠慮なノックで押しかけてきたり。まあ、部屋の前にいるのに無視するわけもできず、仕方なしに部屋に入れればまあどちらともなしに関係を持つようになった。男と女なんて所詮そんなもの。

「あの男って彼氏じゃないんだな」
「そうよ」
「ちゃんと付き合ってるやついないのかよ」
「そんなこと聞きに勝手に私の部屋に入ってきたわけ?」
「そんなくだらないこと聞くために俺がここにくるわけねえだろ」
「どうかしら。ちなみに先に断っておくけど、今日はあなたとは寝ないわよ」
「あんな男と寝てたお前とヤりたくねえよ」
「じゃあ、ほんと、今日はどんな用件でいらしたのかしら」

挑発的な視線を投げかければ、シリウスはポケットをまさぐり始めた。

「魔法はなしよ」
「ちげえよ」

ほら、と杖とは似ても似つかない何かが私の顔めがけて飛んできた。なんだととっさに受取れば、それは掌に収まるくらい小さな箱だった。

「…なによこれ」
「開けてみろよ」

なんだか突拍子もない仕掛けがありそうで開けないでいると、彼はしびれを切らしたように私からひったくって、自分で開けてからまたそれを私によこした。

シンプルな指輪が一つ。

「なにこれ」
「見れば分かるだろうが」
「指輪?」
「そうだろうな」
「…なんで」
「虫よけに」
「は?」
「いいから嵌めてみろよ、薬指」

この状況についていけないまま言われた通り薬指には指輪を通せばぴったりとはまった。それから数秒、なにか仕掛けがないかしげしげと見つめていたが、窓から指す光できらっと一瞬輝いただけだった。

「これ、なに?」
「だから虫よけ」
「虫よけってなによ?」
「だから、お前に言い寄ってくる男を追っ払うためのだよ」
「あなたみたいなひとのこと?」
「俺以外の男だよ」
「…え、それって」
「まあ、そういうことだな」

一つ、この指輪の意味を説明してくれる仮説が頭に浮かぶ。でもシリウス・ブラックと私は、そういう関係ではない、はずなのに。でもそうじゃなきゃ、この指輪を意味することが分からない。でも、でもでも。きっとそういうことなのだ。


OH I GET IT


「あなた、私のこと好きなのね」

ずっと口に出さなかった言葉をついに言ってしまった。瞬きを忘れた私の瞳に映るのは間違いなく頷くシリウス・ブラック、他でもない彼だった。