「リーマスは幸せになるよ」

いもりのテストも終わって、あとは卒業するだけになったある日の午後。みんなで湖に遊びに来ていた。大イカを挑発しようと躍起になっている三人をリリーが困った顔で見守っていた。僕とナマエはみんなとは少し離れたところに生える木の陰に腰掛けて、ハニーデュークスのお菓子をかじっていた。珍しくおしゃべりじゃない彼女を不思議に思っていればこの発言。

「どうしたんだい、いきなり」
「別に?ただリーマスはこれからもっと幸せになるって言いたくて」
「僕は今もうこれでもかってくらい幸せだよ」
「うんん、リーマスはね、もっともっと幸せになるの」
「これ以上幸せになったら困っちゃうな」

なんて冗談めかしに言えば彼女は不満げだったけれど、僕にとってここでこうして過ごすことができた日々は、本当に他の何にも代えがたいものだ。入学できないはずだったホグワーツで7年間過ごすことができた。魔法を学び、無二の親友たちを得た。彼らは僕の抱える問題を知っても黙っているだけではなく共有し可能な限りの手助けをしてくれた。ありがたいことに、僕は掴めるだけの幸運をしっかりと握ることができていた。

「どうしてそんなこと言うんだい?」
「なんか何処かの国では、言葉に魂があるって考えるんだって。言葉にしたことが現実になるらしいの」
「それってつまり魔法のことじゃなくて?」

んーと、ちがくて。呪文を唱えたら魔法がかかるってことじゃないの。あれ、なんて言ってたっけな。つまり、えっとね、そう!言葉には不思議な力が宿ってて、良いことを言えば良いことが起きるし、悪いことを言えば悪いことが起きるんだって。だから、幸せになったら困るなんて言っちゃダメなの。

「へえ。面白いアイディアだね」
「でしょ?この話聞いてから、何か言うのにいちいち慎重になっちゃったんだよね。ほら、私、口悪いしべらべら何でも話しちゃうし」

確かにナマエは、シリウスと張り合えるくらいの口の聞き方をすることがあるし、到底女の子が言ったとは思えないような言葉を使うことがある。だから、今日はこんなに大人しかったのかと納得して、食べかけのチョコレートをもうひとかじり。

「でね、考えたの。私がほんとに言いたいことってなんだろうって」
「…それが、僕が幸せになるってこと?」
「うん。だって、リーマスっていつも他人のことを優先するし、人からしてもらったことにいちいち恩義を感じてるみたいなんだもん。特にジェームズとかシリウスとかピーターとか」
「だって、それは当然だよ。彼らにも、それに君にも感謝しても仕切れないさ」

満月のたびに叫びの屋敷に隠れる僕のそばにいてくれるナマエやジェームズたちにお礼をするなんてのは一生かけてもできないと思っている。シャツを肘までまくり上げたナマエの腕には今でも、僕がつけた二本の傷痕がうっすら見て取れる。彼らのためになら命だって惜しくないし、ナマエの傷痕が消せるなら、なんだってできる。

「あのね、私もジェームズもシリウスもピーターも頼まれてやったわけじゃないんだよ。私たちはみんな自分で友達のためにできることをやっただけ」
「分かってるさ。それでも、僕は申し訳ない気持ちがあるのを否定できないよ」
「ほら!だからそういう暗いことは言っちゃいけないの」

こう熱くなったナマエに勝てたことはないので、言い返すのはやめておこう。

「分かったよ。それで、君が一番に言葉にしたかったのが、僕が幸せになるってことなのか。興味深いね」

そう言えば、はらりと視線をそらされた。木陰の錯覚かも分からないけれど、ナマエの頬が桃色に色づいた気がした。ナマエは会話はおしまいだと言わんばかりの態度で、湖のほとりの4人を見つめている。そんなナマエを見つめ、それから最後の一口になったチョコを味わいながら、ナマエの言葉を考える。チョコが舌の上で滑らかに溶けていく。

「じゃあ、ナマエ。例えば、こんな言葉はどうかな」

ジェームズとリリーはそうそう遠くない未来に結婚して、シリウスは、そうだね、あのちょっと傲慢なところを直してくれるような素敵な女の子と出会う。ピーターは、うん、もう少し落ち着いて自信が持てるようになる。それから、僕は他のみんなと同じくらい、―――同じくらいじゃだめだよ!―――そうだったね、僕はもっと幸せになる。どうかな?と問えば、満足そうに頷くナマエ。

「ねえ、私は?」
「ナマエはそうだなあ」

夏の初めの優しい風が僕たちの間に吹いた。ナマエが耳にかけていた髪がはらり、と落ちた。僕は思わず手を伸ばして、もう一度丁寧に彼女の髪を後ろに流す。

「僕と一緒に幸せになる」


紡いだ言葉が水面を揺らす