これこれの続き





「俺だけど」
『どちら様?』
「だから俺だって」
『誰なの、うちに息子はいませんよ!』
「詐欺の話じゃねえから。めんどくせえな、俺だよシカマル」
『あはは、シカマル君ね。どしたの』
「明日、バイト人足りねえらしくて俺遅番入ったから」
『いやいや、それは困る』
「仕方ねえだろ」
『私、困る』
「店長も困ってんだよ」
『私の方が困る。だって、明後日、ゼミ、レポート、提出』
「だったら、ちょうどいいだろ。俺んち来ないでレポートやれよ」
『シカマル馬鹿?私が一人でレポート書けるわけないじゃん。ねえ、馬鹿?』

なんで自ら堂々とレポート書けない宣言してくる奴に、馬鹿呼ばわりされなきゃいけねえんだ。所属が違うゼミのレポートを前日に手伝わせようとしていたこいつの頭が怖い。

「馬鹿でもなんでもいいけどよ、明日は無理なんだって」
『私とバイトどっちが大事なの?』
「そういう問題じゃねえだろーが。つか、おんなじゼミのやつとやった方が効率的じゃね?」
『何それ、何それ。結局、バイトとるんじゃん。もういいよーだ。シカマルの馬鹿馬鹿馬鹿』





って電話がきっかけで、俺は今日一日ナマエに無視された。同じ授業でわざと俺から遠い席に座る。廊下ですれ違ってもあからさまに避ける。なんつうか分かりやすすぎる絶縁宣言に俺はいちいち構わない。恐らく、ナマエはレポートが提出できたら、けろっとした態度でゼミから解放されたと電話してくるか、遅くとも三日後にはあいつの方が根負けして家に押しかけてくる。

平日とは言え、最低限の人数しかいない今日はやたらと忙しく、家に辿り着いたのは日付が変わった後だった。一先ず風呂に入ろうと浴室に行けば、空っぽの浴槽。自嘲にも似た笑いが風呂場に響いた。風呂好きなのは俺じゃなくて、ナマエだった。最近俺の家に本格的に入り浸りだったあいつのおかげで毎日のように風呂を焚いていた。水道代もガス代も馬鹿になんねえんだぞとか言ってた俺が、何も考えずに風呂に入ろうとしてる始末。

シャワー浴びてソファーに落ち着く。丑三つ時だった。あいつは、恐らく、いや確実に徹夜でレポートを書いてるだろう。なんだかんだでふとした時に頭に浮かんでくるナマエ。電話掛けてみるかと、キャラじゃねえこと考えてみる。今さらなんだと文句聞かされるのは明らかだったが、自然と手が携帯に伸びて着歴の一番最初をリダイヤルする。

「俺、シカマルだけどよ」
『おー、シカマル?』

電話越しに聞こえたのはナマエの声ではなく、俺のアパートから歩いて5分のとこに住んでる腐れ縁の男の声。

『“なんでお前がナマエの電話に出んだ”とか思ってるだろ?』
「珍しく察し良いじゃねえか」
『おいそれ貶してんだろ』
「で、なんでお前がナマエの携帯出んだよ?」
『そんな怖い声出すなって。ただ俺んちでレポートやってだだけだっつーの。二人で』

最後の言葉にこめかみが反応する。コイツ、そう言えばナマエと同じゼミだった。同じゼミのやつとやればって言ったのは確かに俺だが、なんでよりによってコイツなんだ。チャラいと評判のコイツの家に二人でとか、あいつは馬鹿か。

『言っとくけど、お前が考えてるようなやましいことひっとつもねえから。てかむしろ感謝してほしいレベル。お前ら喧嘩してただろ?』
「んなのお前に関係ねえだろ。つか、ナマエは?」
『いやー。いねえんだよ』
「はあ?レポートやってんじゃんえのかよ」
『シカマルお前馬鹿か?俺がレポートなんて書くわけねえじゃん。ナマエがレポートやろうって言ってきたから、俺あいつのレポート写させてもらおうと思ってたわけ。そしたらあいつ何にも書いてないだろ?俺も自力で書くつもりなんかねえから、レポート書く代わりに、ナマエのレーアイ相談乗ってやったわけ。で、俺がお前がいかにいい男か思い出させてやったんだよ。まじで、明日なんか奢ってほしいレベル』
「へいへい」

要点が分散してる長ったらしい話を聞いてると、玄関の扉が叩かれる音がした。

「ちょっタイム。誰か来た」
『あーそれ、たぶんナマエだわ』
「は?」
『だから言っただろ。感謝しろって。あいつがお前とのことでうじうじ悩んでたから、会いに行けよって言ったんだよ』

シカマル!居留守だめ、絶対!居留守やめますか、それとも人間やめますか?!部屋の電気ついてんの見えてんだから!って外から奇声に近いナマエの声がした。近所迷惑だっつーの。電話切るわ、と通話口に告げて電話を切った。玄関の扉を開けてやれば、仏頂面したナマエが筆箱とクリアファイルと本を握って立ってた。ちょっと脇によってやれば、無言で部屋に乗り込んでくる。

「お前アイツんとこでレポートやってたんじゃねえの」

ソファに座って黙ったまんまのナマエに声を掛ける。

「なんで知ってんの?」
「お前に電話したらアイツが出てよ。お前がここ来るって教えてくれたんだよ」
「…ふーん」
「携帯忘れて、なんで筆箱とファイルだけ持ってんの?」

…だって!アイツ、レポート手伝うどころか、書く気ないんだもん。ねえ、アイツ馬鹿だよ。私の写したって、私が徹夜で書くのなんて評価最悪だし、写したのなんて同じゼミでばれるんだから、そしたら二人とも単位落とされるに決まってんじゃん。まじアイツ馬鹿。シカマル、アイツ大馬鹿。だから、やっぱりシカマルじゃなきゃ。シカマル教えるのうまいし、手伝ってもらうのはやっぱシカマルしかいないんだもん。

馬鹿って言葉が出すぎでボキャブラリーのなさが露呈してるが、この際それは無視する。怒ってんだろう。紅潮した頬と潤んだ目で俺を睨んでくる。まあ、正直ぐっとくるもんがある。

「俺眠てーんだけど」
「そんなこと言わないでよ!私、彼女だよ。助けてやってよ」
「彼氏の俺が、助けてやったとして。彼女のお前は、何をしてくれるわけ?」
「えー!見返り求めるとか、最悪なんですけど」
「じゃあ、まじでお前レポート自分でやれよ」

ナマエが好きだと言って勝手に冷蔵庫に常備してる紙パックの紅茶をテーブルに置いて、俺はベッドに寝転がる。ちょっとしたからかいだった。カレカノと言いながら、彼氏以外の家にのこのこ上がり込んだこいつをいじめてやろうと目も閉じて寝る体制を整える。パソコンでもなんでも使っていいから頑張れよ。シカマル!寝ないでお願いだから。単位、落としたくない。じゃあせいぜい頑張って朝までに書き上げるんだな。無理無理無理。静かにやってくれよ。いやだ、手伝って。奈良様、何でもしますから。その言葉で目を開けると、ナマエはベッドの淵に顎を置いて、今にも泣きそうな表情で俺を見てた。お前は迷子の子犬か。

「しょうがねえな。課題見せろよ」
「え!ほんとに?これこれ!」

ベッドから起き上がってそう言えば、嬉々としてファイルからプリントを取り出したナマエ。

「お前もし、俺が手伝わなかったらどうするつもりだったんだよ」
「まあ、寝ないで書くつもりではいたけど」
「じゃあ、今日俺が書いてやるけど。その代わり、ぜってえ寝んなよ」
「え、シカマル書いてくれるの?全部?!もうね、寝ないよね。ホント、何でもする」

ソファーに落ち着いて、パソコンを開いてネットでそれっぽい論文をいくつか目を通して、ナマエが持ってきた正直良い参考文献とは言えない本の内容を中心にレポートを書く。その間ナマエは隣に座って、やたらとニヤニヤとしてた。すっかり俺を無視してたことを忘れてる。単純すぎ。前屈みになってパソコンを覗き込んでくるナマエは例のごとく無防備で。いつもの腿まであるでけえサイズのスウェットをワンピースみたいに着てる。ダブダブでちらっと谷間が見える。それに、むき出しの足は胡坐を掻いてる俺のに乗せられてる。チャラいアイツも良くこいつのこの格好に耐えたなと、少しばかり見直した。明日昼飯に卵のトッピングでも買ってやるか。

「まあ、こんな感じでいいだろ」

背もたれに倒れて、パソコンをナマエの方に向ける。ナマエのレポートを書くときに気を付けるのは、まともなレポートを書かないこと。本気で書いたら、誰だってナマエが書いたんじゃないと気が付く。だから、コピペに近いこともするし、ネットの情報を元に書く部分も作る。

「うわー、ばっちり。ありがとう!てか、何してんの?寝ようよ。まだ5時だから二限までちょっと寝れるよ」

ふと気になって、ナマエのスウェットの裾をめくる。デニムショーパン履いてんのか。期待してたわけじゃねえが、何となく萎えるのが否めない。

「寝る前にすることあんだろ」
「印刷?いいよ、起きてからで」
「そーじゃねえだろうが」
「うーん?」
「何でもしてくれんじゃねのかよ」
「ああ何でもいいけど、いま?」
「ああ」
「ええー。で、何してほしいの」

俺は立ち上がって、テーブルの横の引き出しからアレを取り出す。

「ええー、シカちゃん。もう朝ですよ」
「つべこべいうな」

ナマエをベッドに引っ張り上げて座らす。ぞんざいに伸ばされた素足に手を置く。痩せてるようで、柔らかい。こいつはこれでも、正真正銘女だ。

「シカマルも脚フェチ?」
「“も”ってなんだよ」
「だって、アイツんちいたときも、レポートそっちのけで足触ってきたんだもん」
「…はあ?」
「だーかーらー!」

アイツ、レポートやる気なんてはなっからなかったみたいで。足触ってきたから、そういうつもりないんだけどーで言ったら、だったらなんでそんな脱ぎやすい服着てんだよって言われて。これは徹夜用の洋服だからって言ったら、そんなん男だったら誰だって期待するだろーがって。私も怒って、シカマルはこれ着てたってそんなゲスいこと考えないもん!お前シカマルと喧嘩してるから俺んちいんだろってなって、俺にすればって言われて!馬鹿じゃん、何言ってんのってなってシカマルの家に逃げて、シカマルにレポート書いてもらって。今ここ。うん、思い返してもやっぱりアイツ大馬鹿。

「…ったく、お前が大馬鹿だっつの」
「え、あたし?なんでよ」
「そんなのも分かんねえのかよ」
「ええええ、詳しく。ねえどういうこと」
「…うっせ。とりあえず黙れ」

ナマエに覆いかぶさって黙らせる。胸元見せられて、素足で俺の足に触れられて、ゲスなこと考えないわけねえだろ。俺を何だと思ってんだ。一回で終わらすつもりだったが、引き出しにあと二袋あることからな。今日は俺に付き合ってもらおう。あと、都合よく虚偽報告してきたアイツには今日大学であったら、きっちり落とし前つけさせる。