これの続き





「つーまーらーなーいー」

俺のベッドの上にうつ伏せに寝転がり手足をバタバタとするさまは愚の骨頂だった。20過ぎた女の振舞いじゃない。色々と思うことはあるが、俺はあいにくつまらなくないので、白けた顔をするくらいしかしてやらない。





「シカマル」
「………」
「無視すんな」
「んだよ」

最近管理人がナマエの平日の出禁を解除したので、金曜日の今日ナマエは我が物顔で俺の家にいた。それにしてもうっせー。こっちはお前のレポートやってやってんだから。しかも俺が取ってない授業のやつの。とはいっても基礎科目のひとつだからテキストとネットでいくつか論文を拾えば簡単にできるもんだが、こいつには少し慎ましさを教える必要がある。

「シカマル、リモコン」
「………」
「テレビのリモコン取って」
「………」
「テレビジョンのリモートコントローラーを私にプリーズ!」

やかましいナマエに根負けして、リモコンを渡す。

「うわーおいっそう」

夕方の情報番組で特集がやってた。見てくださいこの行列。先月オープンしたアメリカ発のパンケーキショップ。こちらのお店、平日でも2時間待ちで休日はなんと!5時間近く並ぶこともあるそうです。ではさっそく、いま話題のパンケーキ食べてみましょう!そう言ってリポートしてるのはいつだったかナマエがアイドル上がりのお天気キャスターと評した女だった。

どんだけナマエが歪んだ顔をするかと思えばそんなこともない。うわー、このお店サクラといのが途中で並ぶの諦めたって言ってたとこだ!あ、このひと相変わらず可愛いなー。足ほっそ。歌は下手なんだけどね。そうだった。ナマエは三日たつと大抵のことを忘れるやつだった。

ナマエはテレビの前に座り込んで食い入るようにテレビを見る。ガキか。こちらがお店一番人気のプレートです。見てください。フォークで軽く押すだけで、これ分かります?ふわっふわです。それが3枚も!上にはホイップクリームですね。では、いただきましょう!集中が切れて、レポートをあきらめる。どうして女は、話題の場所だの海外発だの甘いもんだのに飛びつくのか。

「んあー」
「…何してんだよ」
「食べたいの、食べたいの!」

アイドルリポーターがカメラに向かって切ったケーキを見せたのに合わせて、ナマエが大口を開けた。なんつーか、間抜けすぎる。

「シカマルー」
「んだよ」
「日曜ここ行こう」
「ぜってーやだ」

そう言ってくるのは分かってたから速攻で断る。鬼―!人でなしー!彼女には優しくしろよー!レポートやってやってるのにこれ以上を求めるのかよ。俺は、話題の場所も海外発も甘いもんもまったく興味がないし、5時間も並ぶつもりはねえ。めんどくせーし、どうせ1時間で音を上げるナマエの相手をするのはもっとめんどくせー。





そして日曜日。三日で忘れるのはナマエの十八番だが、忘れるまでがめんどくさい。それは今日も同じで金曜のパンケーキを引きずってるのは明らかだった。

「つまらない」

またそう言って、バタバタと足を動かす。スカートを履いてる自覚があるのかないのか。いやねえな。パンケーキ、おいしそうだったなあ。ああ、生クリームたっぷりのパンケーキ食べたかったな。もうこいつと長く一緒に居過ぎて、聞き流せる言葉は聞き流すようになった。

いいよーだ。あのアプリやるもんねー。そろそろ奈良くんのスコア塗り替えちゃおっかな。ナマエちゃん本気出しちゃうもんね。周りで流行ってるゲームのことだろう。課金しても知り合いのなかで十番にもなれないやつがどうやって俺に勝つのかわからない。あのゲームは単純に出てくる数字を予想していくつか可能性考えればいいだけだが、それをナマエができるわけがない。わたしのスマホはどこだー?今日鞄から出してないはずなんだけどな。ベッドからごろごろと落ちて、自分の鞄をあさりながら独り言を言ってる。

「あはははははは!」

いきなり、ナマエが奇声、ではなく笑い声を上げた。すねたり笑ったり忙しいやつ。まともに取り合うと疲れる。無視が一番だ。聞こえないふりをしてテーブルの煙草を手に取りしばらくベランダに避難しようとする。

「シカマル、見て!」

これはなんかあるな。俺を呼び止めた声で一瞬で分かる。ナマエは手に持ったものを俺の前に突きつけてきた。それ、俺が昨日探して見つけられなくなったやつじゃねーか。

「…お前、それ金曜持って帰ったんだろ?」
「そういうことですね!」

ですね!じゃねえよ。なんでお前が俺んちのテレビのリモコン持って帰んだよ。まったく悪びれもなく笑顔で楽しそうにしてる。あまりにもカラッとした態度で、こっちの口角も自然に上がる。ああ、こいつがいればわざわざ外に出なくても、この部屋の中で十分楽しくやれるわけだ。馬鹿な女ほど可愛いとは言わないが、馬鹿な女と一緒だとつまらないと思う暇さえない。