「ねー、カカシ」

その声で落ち込んでるなって分かった。もっと言いえば、夕飯を残したし、食べるスピードも遅かったし、遡れば台所に立つその後ろ姿も肩が落ちてたし、口数はずっと少なかったし、さらに遡れば俺の家に来た時からしょげていたし、ほんと言えば、俺の家の外階段を上がってくるときから足取りに元気がないってことには気づいてた。ナマエほど感情のままに生きてる人間も少ないと思う。こんだけ分かりやすい人はそういない。俺が忍で人一倍気配や変化に敏感であることと、ナマエが忍じゃなくて感情を隠す必要がないことを差し引いても、だ。

「なあに」
「私ってさあ、太ってる、よね」

女の子のこういう類の言葉には慎重に返さなきゃいけないのを、男を三十年近くやっている俺は知っている。それが彼女であるナマエに対してなら特に注意しなきゃいけない。きっとここで、そんなことないよと言えば、嘘でしょと怒られるし、そうだねと言えば、ひどいとすねられる。女の子って厄介な生き物だ。嘘を言っても本当を言ってもいけない。

正直な所彼女は細くない。どっちかというとふくよかなタイプ。ナマエはよく俺の同僚の女の子を見ると、その引き締まった身体に羨ましそうな視線を送っている。そりゃあ、彼女達は日々修行をして、過酷な任務に就いてるんだから。ナマエのように、週5日8時間の菓子屋の仕事とは違う。大して動かずに接客して売れ残りを毎日のデザートにしているナマエの身体と彼女達の身体は全く違う。

「どうしてそんな事聞くの」
「今日お店に中忍の子達が来てみんな綺麗だなって」
「そうなの」
「で、カカシは私のことどう思うの」

はぐらかせるかななんて思ったけど、それは無理なようだ。

「あのねえ、俺はナマエの身体好きだよ」
「そうゆうことじゃないくて」
「そういうことでしょ。ナマエはきっと他の忍と自分を比べて落ち込んでるのかもしれないけど、俺が好きなのはナマエなの。太ってるとか痩せてるとかじゃないの。美味しいもの食べて幸せそうな顔するナマエが好きなのよ。それでぷくっとしちゃってもそれは仕方ないんじゃないの」

俺が言いたいこと伝わってるかなあ、とナマエの目を覗き込む。俺の回りくどい言い方にイライラしつつも、好きの言葉に揺れるナマエはほんと分かりやすい。ナマエが憧れている身体の中に張りつめた緊張と何もかも割り切った心を詰め込んだ女の子の忍なんかよりナマエの方がずっと人間らしい。いつ死ぬか分からない恐怖の中で生きている俺にとって唯一ナマエが柔らかくて暖かい人間らしい存在だった。ナマエのおかげで、俺の世界は繋ぎとめられている。

「俺は、ナマエがどんなに太ってもずっと好きだよ」

安心してね、ってナマエを抱きしめる。筋肉の固さが微塵にも感じられない柔らかい身体。この身体についている脂肪は、彼女が幸せだと思いながら食べてきた数々のものでできているんだ。俺がきつく回した腕に、反抗することなく柔らかく形を変えて受け入れてくれる。それで俺はひどく安心する。こうして抱き合えばナマエも俺も同じ人間なんだと思える。少しの間、辛いことも悲しいことも忘れてナマエの暖かくて柔らかな身体だけを感じられる。

「…私もカカシが太ってもハゲちゃっても、ずっと好きだよ」
「ありがと」

きっと、明日はいつも以上にもりもり食べるんだろうな、なんて思いながら一層強くナマエ抱きしめた。