先週彼氏と別れたことでイライラが止まらない。ニヶ月前に入ってきた新入社員が使えなくてイライラが止まらない。イライライライラ。部下を顎で使う上司にイライラ。仕事に集中できなくて、嫌煙家の部長に気づかれないようにこっそりと席を立った。ちょっと息抜きに飲み物を買いに行くことを装ってお財布を持ってみたものの、フロアを抜ける最後の瞬間、部長の鋭い視線が飛んできたことはこの際無視する。

ガラス張りの喫煙ルームまで行けば、雑談する若い男性社員がふたりいふだけだった。
ここ4年間でこの部屋を使う人の数は減ったなと実感する。だって、最近の世の中の流れは喫煙者にとっては辛いばかり。少女漫画やチープなドラマなんかでは、年上の彼氏の大人らしさの象徴としてよく喫煙が描かれるけれど、たばこなんでそんな格好いいものじゃない。健康に悪いしお金はかかるし、良識のある人たちからは白い目で見られるし。それでもやめられないのは、中毒で片付けられてしまうかもしれない。まあ、それでもいいけれど。

喫煙ルームにいる男性社員となるべく離れた場所をとりポケットからたばこを取り出す。男性社員が吸っているのよりずいぶんと重くておっさんが選んだようなこれ。こんなのを吸ってるのはヘビースモーカーひげもじゃもじゃ君しか思い浮かばない。大学四年のときに新入生として入ってきたそのコは本当に未成年かと思うくらいだったし、身体も出来上がってた。
あっという間に卒業してしまったからあのコがその後禁煙したかもわからないし、これまた未成年のくせに色気たっぷりの女の子と続いてるのかもしらない。きっとあの女の子もあのコのたばこを吸う姿に惚れてたりするんだろうな。

やっぱり、喫煙者に風当たりが厳しいけど女性の喫煙者に対してはなおさら。男が吸ってても、女の中にそれが格好いい!とか思うコはいても、女性喫煙者を可愛い!とか思う男はまずいない。だって、例えば元彼とか。何となく仲よかったけれど、結局喫煙できないことに痺れを切らして別れを切り出されちゃったし。例えば、あのひげもじゃ君の相方の髪が銀色の飄々としたコにも卒業までの一年間、女の人がたばこなんで良くないですよって言われ続けられてたし。

あーあ、いろんなことを思い出してニコチン欲がさらに増える。ポケットを漁ってライターを探すけれど、見つけられない。火を借りようと視線を上げると、さっきまでいた若い社員ふたりはいなくなっていた。どうしよう、部長に睨まれたのにフロアに戻る勇気はない。これは禁煙しろというサインなのかと、指に挟んだたばこに視線を下ろしていると視界に男の手に握られたジッポが現れた。

「火、貸しますよ」

救世主が現れた!と下がっていたテンションが上がる。口元にたばこをもって火をもらおうとジッポの持ち主を見る。これは驚いた。驚きでたばこを落とすぐらいだったけれど、実際には何千回もしかしたら何万回も繰り返した動作を誤ることはない。じりっと火がついてたばこの香りを楽しみ息を吸い煙を吐く。その間に、ジッポの主は自分のたばこにも火をつけた。三年前あれだけたばこを嫌っていた銀髪のそのコは慣れたようすでたばこを咥えている。目が点ってこういうことだ。

「お久しぶりです、ナマエ先輩。4月に入社しました。いまはプランニング部門で研修中です」
「…そう。久しぶりだね、カカシくん」

ふーと紫煙を吐くカカシくんにどきりとする。どきり?まさか。

「たばこいつから吸ってるの?」
「丸三年経ちますね」

先輩が卒業したときから吸ってるんで。そう言うのは整った顔にある形のいい唇。格好いいと思ってしまった。年下のことを。私からすれば三年なんてまだまだ喫煙ビギナーの目の前のコのことを。

「もう行かなきゃ」

吸いかけのたばこを押し消して、喫煙ルームを飛び出す。どきどきを止めるために逃げ出したのに、止まらない。灰皿に押し付けたとき、あのコが吸っているのが同じたばこだったから。明日もここで、なんて逃げ出し際に言われてしまったから。

「ミョウジ、たばこなんか吸ってないで仕事しろ!」

普段ならイラっとくる部長の声なんてどうでもどうでもよかった。なにこれ。胸きゅん?まるで、少女漫画みたい。