「シリウスおじさん」

“Uncle Sirius”、そのふざけた呼び方に左の眉がピクリと吊り上がる。私がそれを不快に思っているのを知っていて彼女はわざとそう言っているのを、私は知っている。反応などするものか、子供じみたからかいには大人の対応をしようと心掛けているのだが、いざ彼女のその澄んだ声に呼ばれてしまうと身体が勝手に反応してしまうのだ。

「シリウスおじさんってば」

新聞を読んでいる私の隣に座る彼女は、私の腕に手を置きながら繰り返した。腕の筋肉が固くなるのを薄いリネンのシャツ越しに彼女は感じたに違いない。視線を彼女に向ければ、酷く愉快そうな顔をしていた。それを見て口もとが歪みそうになるのをこらえる。こちらには余裕があるということを示そうと、なるべく丁寧に新聞を畳みテーブルに投げ、ゆったりとソファーに座り直す。

「その呼び方、いつになったらやめるんだ」

彼女と私はもちろん、血縁関係にあるわけではない。これは初めて彼女に会ったときの些細な失敗によるものだった。彼女は、同世代と比べて細く背も低かった。長く艶のある黒髪は毛先にかけて癖が目立っていた。その姿があまりにもハリーを思い起こさせた。自分の外見が他人にいい印象を抱かせることはないことを自覚していたので、目の前の痩せたバンビのような彼女を怖がらせまいと、何を思ったのか私は彼女に“So…you are Harry’s hidden sister, right?”と言った。彼女は一瞬驚いたような困惑したような顔をした。それがまたハリーにそっくりで、もしかしたら本当そうなんじゃないかと疑うほどだった。しかし彼女は私よりウィットもユーモアもあるようで、品のいい笑顔に戻ると“Yes. Then you are his runaway godfather and my technical god-uncle. Nice to see you, Uncle Sirius.”と切り返されてしまった。それ以来彼女は私をそう呼び続けているし、いまだにこのことでリーマスにからかわれている。

何度思い返してもあれは失敗だったといわざるをえない。そしてあの会話は私達の関係を決定付けるものとなった。彼女は年のわりに落ち着いていて頭の回転が速かった。私は年のくせに理性的とは言えないし喜怒哀楽どの感情を取っても沸点が低かった。つまり何においても彼女の方が一枚も二枚も上手で、私がどんな対応をしようと、彼女に敵うことはない。

「どうしてやめなきゃならないの?」

そういって髪を片側に流して首を傾げるのも小賢しい。奥歯を噛んで唾を飲んだ。両胸を隠すほど長い髪が片側にまとめられたので、傾げた首の筋が伸びるのが良く分かる。波打つ髪は彼女の胸まであった。耳の横あたりからそれが始まって毛先に行くほどウェーブが強くなる。その毛先がたまっている胸というのは、服を着ていると平らにしか見えず、彼女の痩せ過ぎを象徴している。

「分かってるだろう」
「そうねえ、」

分かってる。全部分かってる。この呼び方が嫌いな理由も、あなたが今何を想像しているかも、あなたのことは全部全部分かってるわ。

そういったのは彼女の艶やかな唇だ。分かってるだろうと自分でいっておきながら分かってるといわれてしまうと、なぜだか腹が立つ。彼女が分かっているというのだから、分かっているのだろう。そして反対に、私は彼女のことがさっぱり分からなかった。これでは全く対等ではない。もちろん彼女と対等にやり合えたことなどただの一度もないのだが。

彼女は滑らかな動きで私に跨がる。ソファーに膝立ちをして私の肩に手を置き上から見下ろしてきた。それも気に入らない。というのも、この高さの違いがそのまま彼女と私の関係を表しているような気がしてしかたないからだ。達観た彼女の視線と合わせるのも我慢ならなくて視線は先ほどから見ていた一点に自然と戻る。

すると「あらだめよ」と彼女に咎められる。まるで母親がわが子を優しくいい聞かせるような口ぶりだ。はじめたのはそちらなのに、こちらからはだめなのかと卑屈になる。

「でも、だめと言われると余計したくなるのよね。おじさん」
「…黙れ」

私を馬鹿にすると後悔することになるぞ、といったような脅しを言ってやろうかと思った。それでどう言おうか考えあぐねると、結局苦し紛れに吠えるような言葉しか出てこなかった。それも彼女はお見通しのようで、くつくつと笑う。

それから「触っていいわ」彼女が首元で囁いた。彼女は私の手を取り、私が先ほどから目を離せないでいるそこに導いた。吐息が首を撫で、声が脳を揺らす。ぞくぞくした。欲情だ。情けないくらいに欲情している。自分より一回りも二回りも若い、ハリーと同い年の彼女を渇望している。

彼女は背も小さくて痩せすぎていた。女性らしい丸みなどその身体にほとんどない。しかし、いま私が手を置いている胸は彼女が女だと主張している。服の上からでは平らに見える彼女の胸は、わずかに膨らんでいて柔らかい。確かに突起の固さも感じた。彼女が髪を髪をまとめたとき、服から透けて見えたのは間違いなくこれだ。私はその突起がどんな色をしているのか知っていた。胸を揉み、突起を引っ掻くとき、彼女がどんな声を上げるのか私は知っている。

彼女の服のボタンを一つ二つと外していったとき、彼女は抵抗しなかった。私に身を任せるように大人しく、そして最後は自分で袖から腕を抜いた。上半身が裸になった彼女は頭を後ろにそらし、長い髪を左右に揺らす。それでまた欲情した。彼女のツンとした乳首を見る。これこそが私が想像していたものだ。口に含んで転がすと、彼女は私の頭にしがみついて声を上げた。

「シリウスおじさんったら!」
「やめてくれ。萎えてしまう」
「うそよ。興奮するでしょう?」
「いいや」

認めるつもりはなかった。ハリーと同い年のまだ制服を着て、愛も恋も知らないような子供に欲情するなど認めるつもりはない。私たちの歳の差を象徴するような呼び方を聞いて興奮してしまうなど認めるつもりはない。ハリーが知ったらどんな顔をするかなん知りたくなかったし、リーマスが知ったら言われるであろう言葉の数々を考えたくもなかった。

それでも彼女は女だった。まるで10歳の誕生日から身長も体重も止まって少し手足が伸び申し訳程度に胸のある少年のようだが、いま、彼女が漏らす吐息も、彼女から溢れる香りも、まさに女そのものだ。

「だって、こんなになってる」という彼女の手は私の股間に置かれている。そこには「シリウスおじさん」と呼ばれるたびに熱と質量を増すものがあった。

「いけないと思うほど、ほしくなっちゃうのよね」

その通りだ。ハリーに似ている子に欲情するのはだめだと、ハリーと同じ年に女の子に欲情するだとおかしいと、ハリーの大切な友人に手を出すなど許されないと、思うほどに彼女に対する異常な欲望は膨れ上がる。それを知っていて、彼女は私を「シリウスおじさん」と呼ぶ。やはり彼女には敵わない。言い訳も思い浮かばないまま、私は彼女にキスをした。彼女は自分から舌を絡めた。